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     アニメ版 ベルサイユのばら 徹底解説>HOME

第19話 さよなら、妹よ!

(1778年・オスカル満22歳)

 はっきりと変わる演出。光、影、さりげないしぐさ。夕暮れや風景。人物の心理描写が突然多彩になる。ダイナミックな構図や動き、止め絵。後半にしかないBGMもあるのか…と遅ればせながら感動。
この回からアンドレも三枚目から脱出し、ぐっと男らしくなる。オスカルの目から星も消える。ロザリーも芯の強さが出てくる。そして彼女を見守るオスカルとアンドレの姿がある。

 今回のオスカルは脇役に徹する。彼女を取り巻く女たちの悲しみ、貴族ゆえの女たちの運命や悲しみを描いている。ままならぬ結婚、権力への執着、母を殺した貴族の女が生みの母。それが全て、明日へと生き残るためだと言うのならば、何という悲しい事なのだろう。
もちろん、オスカルもその中の一人にしか過ぎない。それでも人はそれぞれ自分の人生を歩んでいる。
そんな様々な女たち・人たちの人生を描きながら、彼女らとオスカルとのかかわりあいを、今回から描き始めている。

 オスカルが第三者として見つめ続けて来た、これまでのストーリー。
だが、この回からは、オスカルは彼らと同様、同じ時間を共有している登場人物の一人となる。
その事によって、オスカルは登場人物たちの中に埋没してしまうのだろうか。
否、そんな事はない。同じ時代を生きている様々な立場の人物の中にあってこそ、初めて等身大のオスカルが浮き彫りに出来る。ベルばらは勧善懲悪の物語ではない。

 舞踏会で、警備がてら柱の陰でカクテルを飲んでいるオスカル。手袋で口を拭って、ちょっとイメージが違うけど男っぽく振る舞っているのだろうか。
オスカルの出仕の時間にあわてて帰ってくるアンドレ。ロザリーの生みの母が、彼女の養母を殺したポリニャック夫人と判明したのだが、かたくなにポリニャックを拒絶するロザリー。養母ラ・モリエールとの絆を思えば当然だが…。

産みの母が育ての母の仇。ロザリーは思い詰めて、ポリニャック夫人に復讐を図る。この行動力、冷静な段取り、アニメロザリーはただ者ではない。だが、これは養母への愛情の深さゆえ。つらい運命に立ち向かい、生活に苦労して来た分、ロザリーは強い。彼女の意外に芯のあるしっかりした姿がたくましい(その後も実母ポリニャック夫人には愛情すら見せない)。
結局、仇討ちは未遂に終わるのだが、血を血であがなうことのむなしさが表現してある。
オチは見えていたとは言え、緊迫した展開は見ごたえあり。

 復讐を思いとどまったロザリーはオスカルに促されるようにして、馬車で眠る妹シャルロットのあどけない顔を見る。オスカルの思いは彼女に伝わったようだ。
ポリニャック夫人を殺したら、今度は妹が自分と同じ苦しみを味わうのだと。
オスカル、このロザリーの不幸をどう思っただろうか?

ポリニャック夫人が貴族として野心的だったために、ロザリーは全てにおいて被害を被っている。オスカルはこの時、「貴族」という存在について、少なくとも否定的に考えたと思う。人間として大事なもの、自分らしさ、夢、恋、そんなものを持つことを許されなかった貴族の少女たち。
「恋をして…お嫁に行きたかった。オスカル様のような方の所へ…」
そんな純情な心を受け入れられない、オスカルも又、シャルロットと同じ女なのだから。

 運命に翻弄される女たちを優しく見つめるオスカルの目。
だが、彼女も例外ではない。「貴族」であったために男として育てられたのだ…。
大人の世界は、さぞ汚れて見えたはずのシャルロット。
生き残るためには、娘さえ道具になる。…女は道具!
血のつながった者同士の憎しみ合い。人は自分に与えられた運命に立ち向かうか、もしくはシャルロットのように自滅する。

少しふっ切れて明るくなったロザリーが夜会に出てくる。シャルロットも同じ夜会に来たのだが…。愛情のない結婚への恐怖のあまり正気を失ったシャルロットが塔の上から飛び降りて命を落とす場面にロザリーは遭遇してしまう。名乗りあうことすら出来なかった姉妹、不幸な血のつながり…ロザリー。

 かける言葉もなく、彼女を支えるオスカル。…だが、オスカルにもやがて苛酷な運命が待っているのだ。
(ここで原作と違う点を上げると、シャルロットが自分の意志で死んでいないという事。後のディアンヌはやむないとして、作中、何人もの人物が失望して自殺することは極力避けてある。この命に対するアニメ製作者側の姿勢は最後まで続いている。)



2000.7.14.up