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第27話 たとえ光を失うとも…

(1787年の暮れ〜1788年の初め頃・オスカル満32歳)

 黒い騎士に目をやられ、苦しむアンドレの右手を思わず握り締めるオスカル。彼女にはもはや黒い騎士の事など眼中にない。

…心理描写に手がよく使われている。とくにオスカルの指は繊細で女性的で芸術肌。肉体的ではなく精神的な性格らしい。
アンドレの手とはかなり描き分けてあって、男女の違いがはっきりとしている。オスカルが軍服を着て一見男に見せているにもかかわらず、アンドレはさらに大きな肩幅に描かれている。これも性別を描き分けるためのことだろうか。

 アンドレの目以上に傷ついたのはオスカルの心。
少なからず責任を感じてしおれるオスカルに、黒い騎士を逃がしたと怒るアンドレ。
彼は自分のことよりオスカルの気持ちを優先させているのだ。
その上、おまえの目じゃなくて良かった、なんて言いながらうるうるした瞳で見つめられたらオスカルじゃなくても、たまらないっ。

たとえフェルゼンに未練があっても、オスカルは言いようもなく心を動かされる。
まっすぐ見つめられて、まぶしくて目をそらすオスカルに言葉はない。
こんなにまでしてマジに献身的な態度を取られたら、もう「有り難う」なんて言う次元ではない。
愛する者のためなら自分を捨てて強くなれる、そんな彼の生き方・考え方に、オスカルは尊敬し、共感を覚えつつ心を動かされただろう。後に彼女がアンドレに従うと言ったのも、オスカルの為に彼が傷つき、尽くしてくれたことへのせめてもの罪ほろぼしかな、とも思う。

 そして、こんなに心が通っているというのに、二人には壁が多い。身分のこと、フェルゼンのこと、そして何よりオスカルが自分の本当の気持ちをわかっていないということ。
アンドレがそばにいるのは当たり前で、彼の考え方が自分の一部になっていることに気が付いていない。
 折りも折り、ジャルジェ将軍の責任下で運搬中だった銃が黒い騎士に強奪される。それにアンドレの目の状態もかんばしくない。その様子を見て、オスカルは決意する。早期決着のためにもパレロワイヤルに乗り込もうと。

 さて彼女が侵入したオルレアン公のサロンは、新しい時代を作ろうとする元気な男たちであふれている。
サロンにいるのは全て男、歴史の表舞台は全て男。世の中は男中心に動いている。
そして女たちはいつも男社会で振り回されているが、その中で必死に「裏」で動いている。だがこの物語は、そんな裏や闇で動く女たちを描く場面が多い。女の生きざまを描いた物語だからだろうか。とかく出てくる女たちは肝が据わっている女が多い。

 オスカルは家の存続のために無理やり男として育てられた、言わば男社会の中で利用されている存在。もし女として育っていたらそんな事に気が付かなかったかも知れないが、そもそも貴族の女は権力維持のための道具。
彼女は一旦、貴族社会を男側から見てそれを知っている。
そうするとどうかと言えば、男たちが求めているのは自分の利益だけで、自分の理想(欲望)・権力・名誉を実現することに終始している姿。

力が全てという、上下関係にガチガチの組織。そこには哀れな人形となった女たちの事は入っていない。(多分、貴族の男の中でフェルゼンのようなタイプはオスカルの目を引くほど潔かったのだろう)。
彼女はその実態を知っていたので、彼らの名誉や権力や理想というものに対して、冷静に客観的に見つめることができたのだろう。
オスカルは男側にいたにもかかわらず、その優位性を利用せず、男ぶることもない。むしろ社会を陰で支えるけなげな女たちや貧しい民衆の悲しい姿に目を向けている。

 彼女が政治や未来のフランスの事で男たちに混じって声を上げないのは、そんな理想を語る男たちだけでは人の世の中は語れないからだ。
自由や平等や平和という崇高な理念の元、人々が暮らせる社会を作ることは偉大な理想・大目標である。だがそれに比べると小さい行為かも知れないが、現実の日々の暮らしの中で、隣人の苦しみに直接救いの手を差し伸べることも華やかではないが、同じくらい大事なことである。
どうやらオスカルはこの、称賛もない目立たない行為に目を向けている。

 理想と現実の中で、何を信じて生きて行くか、何のために戦うのか、当然人それぞれで目的はひとつではない。
オスカルに影響を与えたロザリーやアンドレは、決して崇高な理想のためだけに生きていない。そばにいる人の幸せを常に祈っている。また、人の為に尽くすことを苦もなくやってのける。肝心なのは目的ではない。
人を感動させるのは、自分の心のままに進む「強い勇気」と、「優しさを貫く」ことである。

 そのせいかパレロワイヤルでは理想に燃える熱い討論に耳も貸さず、男たちとの会話もそこそこにあしらい、彼女はひたすらアンドレの目をやったカタキを探している。
ところが、オルレアン公の懐ということもあってか、すぐに拉致監禁されるオスカル。
ここがカッコつけに最適の出番のアンドレ。二日も帰って来ない彼女を心配して、失明の危険も顧みず助けに行く。当然、彼女のためなら命がけのアンドレは、決死の作戦でうまくオスカルを助け出すのだ。

 やがてパリの郊外へと逃げて来たオスカルと、反対に拉致された黒い騎士ベルナール。
彼はオスカルの強い意志を見て、貴族をばかにしつつもそれなりの敬意を表して堂々と背中を見せて逃げようとする。
よもやプライドのみ高い貴族が、後から銃を撃つとは思いもしなかったからだ。
だが、彼は大きな計算間違いをしている。彼女のアンドレの目をやったのはベルナールなのだ。
心のどこかで本当はアンドレをかけがえのない男だと知っているオスカルのこと、ためらいもなく後ろから思いっきり銃をブッ放す。
それも、ものすごい形相になっている。よほど怒っているのだ…。セリフもすごい。
彼女は意外と自分のことでは怒らないが、ことアンドレの危機となると恐ろしいほど冷たい女になる。だがその事実について、本人はまだ気が付いていないのも恐ろしい。

 撃ち所が悪くて寝込むベルナールに「王妃の犬」と言われても、びくともしないオスカル。だが、アンドレの左目がだめだとわかるなり、眠っているベルナールに剣を振り上げる。
しかしそれも空しいことで、どうあがいてもアンドレの視力は戻らない。それに、アンドレの失明の責任の一部は自分にある。…だから、責められて当然なのは自分なのだ。
振り上げた剣を下ろす、理性先行型のオスカル。

 そんな心乱れるオスカルに対し、ベルナールを逃がすように言うアンドレ。
ベルナールは自分のためではない、貧しい民衆のために動いているのだからと。
アンドレの言う事もかなり説得力がある。今、民衆は救いを求めている。民衆のために必要なのはもはや貴族の支配ではない、たとえ盗賊であろうとも、少しでも具体的に民衆の苦しみを取り除こうとする実行力と精神なのだ。

 アンドレは黒い騎士の精神を知っている。彼は運命が違っていれば、オスカルと知り合わなかったら、黒い騎士になっていたのだ、多分。
オスカルが彼を黒い騎士と疑ったのはあながち間違いではないのかも知れない。
オスカルという生真面目で一途な女性を支えなければという気持ちが、アンドレを貴族側に留まらせているに過ぎない。
それでも「奴は盗っ人だぞ」と食ってかかるオスカルは、本当の怒りの原因は彼が盗賊だからじゃなくて、アンドレの目を傷つけた張本人だからという単純な理由がわかっていない。この期に及んで幼なじみの友情と思い違いしているオスカルが、あぁ…もどかしい。

 だが、ベルナールをロザリーの元へ逃がすオスカルは、彼に「アンドレはお前以上に黒い騎士らしい」とアンドレを高く買っているし、黒い騎士に対するわだかまりも消えている。
ベルナールを乗せた馬車を見送り屋敷へと返すオスカルはどこかにアンドレの影を心に刻んで、力強い。

 アンドレ=黒い騎士を肯定した地点で、オスカルは民衆の力になる気持ちを持ったはずだ。
しかし、いい男に惚れられたな…オスカル!!ラストシーンはすっきりさわやか〜。



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