アニメ版 ベルサイユのばら 徹底解説>HOME

第31話 兵営に咲くリラの花

(1788年5月・オスカル満32歳)

 オスカルが衛兵隊に転属して一カ月が過ぎた。
テロが横行するパリの巡回警備に連日駆り出されるオスカルたちフランス衛兵隊。激務に追われ、隊員たちも徐々にオスカルの統率力を認めはじめたのか、忙しすぎて余計なことを考える暇が無いのか、それなりに日々は過ぎて行く。
この衛兵隊の兵士たちはどうやら、いわゆる戦士とかいうものではなく、やむなく兵隊をやっているという男たちで、少しむさ苦しいが、言わば悲しきサラリーマン。そこそこ世間も知っているオッサンたちのようである。

 どんなに働いたって家族すら養えない。兵士たちも苦労は多いのだ。普通の人間ポイところが何となく憎めない、名もなく平凡で庶民的な彼ら。これこそ男の世界。
たとえ隊長が女だろうが貴族だろうが、リストラされないためには働かなくては金は稼げない。
もしオスカルが無能なら反乱も起きていただろうが、豪腕兵士を倒した前例もあり、彼らは表立って反抗することもなく、何事も給料のためと割り切って働いている。
社会の荒波に揉まれてがんばってるオスカルも兵士たちも偉いっ!

 普通の男たるもの、女に飢えた狼ばかりではない。社会の歯車になり、生活に疲れ、理想やプライドも捨て、かあちゃんのために働いている。何事も仕方ないとあきらめ、衛兵隊のアイドル・ディアンヌを遠目に見ながら声もかけられないシャイな男たち。到底、自己チューやセクハラとは無縁な彼ら。
血に飢えた狼と言うより、牙が折れてちょっぴり内気な狼なのかも知れない。

 特に、アニメのオリジナルキャラクターのラサール・ドレッセルは衛兵隊の中でもかなり目立った役どころ。気が弱くて内気で、家族にためには銃を売り飛ばしたわりにはビクビクしている青年。よく見ていると、彼は非常に気立てがよく、優しい人柄なのだが、彼の最期を思えば、少々無謀だったけど勇気のある男だとわかる。見た目はかっこよくなくても、彼なりに必死に生きているということが伝わってくる名脇役なのだ。時折出演する彼のかわいいパフォーマンスには要チェック。

 今回はアランの妹で、衛兵隊のアイドル・可憐なディアンヌが登場する。彼女はアランとは髪の色も違い、容姿は似ても似つかず、見るからにカゲロウのようにはかなげ。だが彼の妹を見る目は優しい。ちまたではシスコンとの噂も高い。
どうやら、彼にはすでに父はなく母は病気で、アランが家族の生活費を捻出しているらしい。多分貧しいのだろう、彼は結婚すら出来ないようだ。
だが、根は優しいアランは家族を守っている。ゴツいアランと華奢なディアンヌが何とも言えず不釣り合いなのだが、かえってそれが微笑ましい。

 ところでブイエ将軍の舞踏会を台なしにしたオスカルは、彼から特殊任務と称して、スペインのアルデロス公の護衛を任命される。アルデロス公一家はフランスの地方を訪問旅行しているのだが、テロリストが狙っているらしいのだ。王族の護衛は近衛の仕事とは言え彼らも手一杯らしい。それに舞踏会ぶち壊しの件もあり、オスカルは引き受けざるを得ない。何もよりによってこんなご時世に訪問旅行もないだろうと言いたいが、そこが貴族の気まぐれ?
例の件は気にしてないというブイエ将軍の言葉も、一般常識では「本当は根に持っているぞ。だから命令は素直に聞け」としか聞こえない。オスカル、中間管理職のつらい所だ。

 さっそく隊員たちを集めててきぱきと護衛の段取りをつけるオスカル。
だが、その中で銃を無くしたラサール・ドレッセルという内気な隊員に目が止まる。
彼女の追求にしどろもどろになりながらラサールは知らぬ間に銃を無くしたと言い張るが、どうも不自然。オスカルは何かよほどの事情有りと見てそれ以上聞かず、彼に代わりの銃を与えている。

 護衛の当日、美貌のテロリスト、サン・ジュストはアルデロス公を狙っており、まずオスカルを襲って隊を混乱させる計画を立てている。
何も知らないオスカルはダグー大佐と護衛隊に公の馬車を任せ、彼女は不審者を発見する遊撃隊として先行。
不審な者がいないかどうか調べるために古城に潜入したオスカルとアラン、アンドレ。
それから、頼みもしないのに3人の後を追ってやってきた頬傷男。

 実はオスカルは彼を見るなりおもむろに怪訝な顔をしている。嫌な感じを直感しているのだ。
さらに彼はアンドレを袋にした男で、オスカルはこの男のことを生理的に嫌っている…はずだ。
そしてこの男こそ、サン・ジュストの部下でテロリスト。アルデロス公を暗殺する手初めに、護衛の隊長オスカルを殺せと彼から命じられていたのだ。

 オスカルのいる古城のテラスあたりから聞こえてきた2発の銃声に気づき、駆けつけるアンドレとアランの二人組。そこにはオスカルに撃たれて重傷を負った男と、何か情報を聞き出そうとして彼を殺さずに捕らえようとしている彼女の姿。
テロリストは自分の命など新しい時代の為にはどうなっても構わないと言う。それだけ今は緊迫した過渡期の時代なのだ。
だが彼女の「撃つな」の声にもかかわらず、当然二人は隊長を助けようと男を撃つ。
こんな所にまでテロリストは入り込んでいるのだ。護衛はひと波乱ありそうだ。

 余談だけどこのシーン、男の世界を見たって感じ。アンドレとアランは迷うことなく男を殺そうとしているし、どういう理由にしろ命を取って置こうとしたオスカルとは思考が違う。二人が銃を発射した直後の場面(結構かっこいい)は、力ある者が生き残るっていう男の世界の法則を物語っている。

 夕刻、無事に宿泊地・アランクール村に到着した一行は、野営して夜間警備の準備にかかる。
深夜、村中を警備するアンドレとアランの二人組。
ちょっと一息入れようとして、アランが投げた酒瓶を落としてしまうアンドレ。さっそく彼はアランから目の悪化を指摘されてしまう。それと前回の「結婚なんてやめてくれ」からこっち、アランは二人の関係を見抜いているアラン。

 がむしゃらに女を捨てようとする張り詰めたオスカルと、彼女の本当の姿を知りつつ、どうにも出来ない身分違いの恋に悩むアンドレの行き詰まり。
その上、アンドレには失明の危機もあり、彼は心の中でオスカルに届かぬ救いを求め、まさに最悪の状況。
アランにはそんなアンドレが気の毒であり、苦しい恋など捨てたほうがいいと忠告する。「あの女は何かから逃れている」と。

 …多分、オスカルは自分の幸せから逃れているのだ。
男としてあらねばならない。女としての感情を持っている自分は認められない、愛されない。本人も気が付いていないけれど、彼女の心にはそんな傷がある。
夢中で働いたり、世の中の役に立とうとしたりして、自分が存在価値のある人間であることを世間から認められたい気持ちは誰にでもある。
人に誉めてもらいたい、自分を誉めてやりたいという気持ち。有名になったり、何か大きな仕事をこなして自分の力を試したいとも思う。

 いつまでも隠しておきたい女としての「弱い自分」。その弱点(と思いこんでいる)を克服するために、彼女はより激しい任務を自分に課す。
人はありのままの自分を受け入れられなかった場合、特に人からの愛情に不審を抱くという。

 だが彼女の場合、名誉とか権力には興味がなさそうなので、人から賞賛ではなく、ただ漠然と自分の心を無にして人に尽くすことで、自分には価値があるという証拠を欲しがっている。どうも彼女の欲求は、目には見えない・手が届かないところにある「完全で崇高な目的」へと向いているらしい。それではいくら全力を尽くしても到達せず、果てしがないのである。
だから人からどんなに誉めてもらっても素直にそれを認められない。なぜなら時間と共に過ぎ去ってしまう、人からの愛情や評価には限りがあるのだ。

 人の役にも立ちながら、自分も夢中になれるほど徹底的にまっすぐな行為をしたい。そうやって、自他共に「自分の価値」を証明しようとしてがむしゃらにまっすぐ生きようとすること。それも外見からは、決意も新たに厳しい道を歩んでいるようにしか見えないもの。
これは自分が人から愛される資格があるとアピールしたいことの裏返しでもある。それが彼女の幸せを求める気持ちだとすれば、残念ながらそこには普通のささやかな幸せはない。

 アントワネットから離れ、ロザリーが去り、守る者を失ったオスカルが民衆に目を向け、彼らを守ろうとする事。誰かを守ることで守られたい気持ちを満足させるのも同じ様なことだ。
厳しい試練を自分に課す事によって、自分が愛されるに値する人間だと証明したいという気持ちは、自分を愛して欲しいという「幸せ」を求める気持ちでもある。
その気持ちがエスカレートし、何か世の中の役に立つことをしようと必死になり暴走してしまうと、結局は自分の幸せすら投げ出すことになってしまうのだ。

そんな切羽詰まった思いに没頭し、あまりにも真っすぐに自分に厳しく生きようとする人間には余裕がない。人の気持ちを察したり自分の生き方を振り返る余裕がない。それはアンドレのように最も身近な人をも巻き込み、彼の幸せすら同時に放り出してしまうのだ。
真っすぐに生きることの危険をアランは指摘している。「そんな女に惚れたら男は命がいくつあっても足りない」と。

 オスカルは人の幸せを考えるならば、まず自分が幸せになりたいという気持ちを持った方がいい。弱い心もさらけ出して「人を愛したい・愛されたい」と思うことが大事だろう。
全てを愛されたい…。それは簡単なようで本当はすごく難しいことかも知れない。
オスカルには幸い、目の前に受け入れてくれる人がいるのだが、「男として強くあらねば」という考え方が、この際、幸せへの道を妨害している。

ただ、アンドレとの恋愛イコールオスカルの幸せの全て…ではないとは思う。
自分らしく素直な気持ちで生きているという充実感が幸せなのであって、さらに運命の人と結ばれるのがたまたま幸運なのであって、彼女の場合、恋愛自体に自分の幸せを探し出すという他力本願な事ではないたろう。彼女の素直な気持ちの中にアンドレが好きという気持ちが入っているのは間違いないが…。
愛されたいのに素直になれないじれったさ、やはりこの物語は恋愛物なのだ。

 それと今のオスカルの場合は愛されたい気持ちの上だけで民衆を守りたいのではない。事実、貴族社会が民衆を虐げている。彼女は焼け石に水の状態ながらも、民衆の為になる事をしようと懸命になっている。これまでは何も知らなかったとは言え、オスカルも彼らを苦しめてきた特権階級(貴族)には変わりないのだ。
彼女の「今の自分に出来るだけの事をしたい」と思う気持ちが、やはり自分の幸せを二の次に押しやっているのだ。…とまあ、本題からまたそれてしまった。

 その頃、サン・ジュストはアルデロス公暗殺計画パート2を決行。馬車を爆発させて兵士たちを撹乱し、あわや公に切りかかろうとした時、危険を察知したオスカルが駆けつけて来る。
そこからはオスカルとサン・ジュストの屋根の上のかけっこと、二人に気づいたアンドレとアランの機転。
最後は、逃げるサン・ジュストたちを追いかけるのだが、結局爆発に巻き込まれ取り逃がしてしまう。
ところでサン・ジュストは白馬に乗っていて、やたら目立つ。テロリストなら黒い馬に乗るとかして、もっと闇夜に紛れるほうがいいのだが、結構、自己顕示欲の強い男である。

 それにしても、暗殺は未然に防いだからいいものの、まんまと犯人に逃げられ、気を失ってそのまま河原で朝まで倒れているオスカルたち。
最初に気が付いたアランか見たものは、気を失ってまでもオスカルをかばおうとして彼女の腕を握り締めているアンドレの姿。アランはもう何を言うのもバカらしくて、アンドレにガンバレと言うしかない。(この二人には磁石でも付いているんだろうか、とつくづく思ってしまう。)

 そう言えば、前日からアランも一緒にいると言うのに、何かあれば「オスカル」「アンドレ」ばかりで、二人はそろってアランを無視。世話を焼いているアランの立場はない。
これって少し前のアントワネットとフェルゼンとオスカルの三角関係みたいである。

 後日、雨の日。アルデロス公の護衛を無事務めたことでブイエ将軍からお褒めの言葉を頂くオスカル。それで済めばいいのだが突然、彼からパリの古道具屋で売られていた衛兵隊の銃を渡される。これを売った兵士を探すように言い付かるオスカル。その犯人がわかれば銃殺なのである。

 ラサール・ドレッセル。…オスカルは犯人をわかっている。だが、あの内気な兵士が銃殺を覚悟で遊び金欲しさに銃を売るはずがない。何かよほど金に困ってした事だと信じてもみ消そうとするオスカル。同じ兵士でありながら近衛隊とは違い、生活も貧窮している衛兵隊の兵士たち。彼女はここでも厳しい現実を見せつけられる。
 オスカルに対する隊員たちの反抗よりも根が深い問題。…民衆は貧しいのだ。どうせならばれないように売ればいいのに…という困惑顔のオスカル。雨は相変わらず降り続く。

 雨…。感情表現、大きな変化の情景に雨がよく使われている。
特定の人を建物の中に閉じ込める雨、争う人々に容赦なく降る雨、そして人と人を引き離す雨…など。これは特に雨の情景に敏感な日本人の感性に訴えるものがある。
ちなみに噴水・水たまり・湖面などの水系も感情表現・場面転換にはよく使われる一手。

 そんな激しい雨の中、憲兵は独自にラサール・ドレッセルを割り出し、連行していった。
このことでアランは完全にオスカルがラサールを売ったと疑う。それと、彼女がアンドレの気持ちに振り向かないこともあいまって、アランは怒りの頂点に達する。
アンドレを連れて司令官室へやってきたアランはいきなりオスカルに向かって、「アンドレが俺の妹と一緒になりたいと言ったらどうする」とはぶしつけな。

もちろん、私には関係ないことだとばかりに平静を装うオスカル。彼女は模範的に答え、下手な感情は出さないのだ。アランにすればそれが可愛くない。
一体、自分は何様だと思ってるのか、人の気持ちなんかわかりもしないくせにツンとすましやがって。お前みたいな女は、高慢ちきで人間らしさが微塵もない。…と言うところだろうか、オスカルの態度は彼の気に入らないのだ。そんな女は泣かしてやりたい、と彼は思う。

 ところがここでもアンドレは妙にテレてるし、上司を前にして「オスカルが云々」と呼び捨て。こんな時にもお気楽なアンドレだからオスカルはホレたのかも知れないが…。
一方アランは、そんな奴が人の上に立つなんて許せねえ〜!とばかりに鼻息はどんどん荒くなる。
オスカルが、ラサールを売ったのは私ではないという反論も信じることもなく、この女は心が冷たいのだと思い込み、ついに彼女をぶつわ雨の中を投げ飛ばすわの大激怒。
ところがここまで来てもオスカルは平常心を失っておらず、怒り狂うアランとは正反対。オスカルは知っているのだ。
…職場で感情ムキ出しで怒鳴るのはあとが良くない。先に怒った方が「負け」なのだと。

 所詮、女。アランにはオスカルを剣で負かしてやろうという気持ちもあったのだろう、オスカル自身に彼女の弱さを思い知らせて、恥をかかせてやりたかったのかも知れない。弱みを見せない人間は、とかく誤解されやすい。
それと彼女には一目置いていただけに、今回の裏切り(と思い込んでいる)がどうしても許せない。
憲兵に引き渡されて帰ってきた者はいない。ラサールが銃殺になればオスカルのせいだとアランは責め立てる。
それでもオスカルは冷静そのものでカッとこない。最後まで話し合おうとしている。一方アランは以前、女にはケンカは売らないと言っていたのだがどうにも怒りが先走り、ついに剣の勝負が始まろうとして、次回へ続く。



2001.1.28.up