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第36話 合言葉は〃サヨナラ〃

(7月1日から7月12日夕刻まで)

 職務にはプライドと全霊を賭けて打ち込むオスカル。隙が無くてかわいげがない。
しかし、こんなに仕事に対して責任感を持つ彼女だからこそ、何に対しても誠意を持って対処するであろう。当然、恋愛についても。
そんな彼女のかわいいところをしっかり把握していたアンドレ。だがアンドレにしても長い間の信頼関係(相棒状態)のために、いまだ二人の仲は進展していない。

プラトニックが長すぎてここまで来て躊躇し、恋愛に不器用になってしまった二人。
オスカルが自分のことを後回しにして「張りつめている」ときこそ、アンドレが積極的にアタックすれば、案外事はカンタンなのに…と思う(えっ?極端かな?)。
原作よりも互いの気持ちを確かめ合うことが遅くなった二人。恋愛関係の駆け引きという楽しみを脇へどけ、相棒のままここまで来てしまった。
でも何も言わなくてもすでにうち明けているのと同じ状態となった二人が、お互いを尊重し、深い絆を大切に守り続けてきた事を感じてやまない私なのである。

 7月は端境期にあたる。食料は底をついていたのだ。
議場の警備をクビになったオスカルたちご一行、何をやっているのかと思えばパリの巡回警備。
実際、7月の上旬に衛兵隊はパリのパン屋の配給で暴動が起きないように警備していたというのだから、これは結構現実的。しかし、パンの配給に軍隊が出動するのだから、食料不足はかなり深刻なのだ。

 そんな折り、オスカルはとがめ無しのお礼を述べにアントワネットの元へ参上する。
アントワネットは彼女がやって来たことを素直に喜んでいる。
今となっては宮廷に出てくる貴族たちも減り、めっきり寂しくなったと言う。また、ジョゼフの葬式を出す費用がなく、銀の食器などを売って工面したとも。彼女はそんな普通は恥ずかしくて言えないことでもオスカルには打ち明ける。そして丁重に感謝の意を述べるオスカルに、アントワネットは20年来の友人なのだから当たり前のことをしただけだと奢らない。彼女にとってオスカルは以前と変わらない友人なのだ。

 だが、王室に対する民衆の動きは、アントワネットには許されない事だった。
彼女はフランスのルイ王朝は不滅だと信じていたのだ。
今の事態を収拾するために彼女は女王の立場で、フランス全土からパリとベルサイユに向けて10万を越える国境警備の王家の軍隊を進軍させていた。それは民衆の暴動に備え、彼らを鎮圧させる為だ。
そしてやがて衛兵隊にも出動命令が出るはずなので、その時はあなたを頼りにしていますと、アントワネットは疑いもなくオスカルに言う。

 アントワネットの心に民衆の姿は写っていない。彼女は既に、権力保持のことしか頭にない。もし、アントワネットが、今までに民衆のことを一度でも考えたことがあったなら、今、軍隊を集めることもなかったはずだ。
時代の流れに挑むアントワネットの強い意志を見てしまったオスカル。彼女の表情は厳しいものになっている。

 同日夕刻、パリ巡回の時間を知らせに来たアンドレとオスカルのさりげない会話。
(詳細は前項で語ったので以下省略)
余談だが、こんな私情を交えない些細な会話にも、ワザとけじめをつけようとするオスカルが可愛い…と思うのは私だけかなー。

 又この時、オスカルは胸をやられていることをはっきりと自覚している。
だが彼女の頭の中には、自分の命だけを心配していることは出来ない。アントワネットがパリに集結させている王家の軍隊。アントワネットは民衆との戦闘すら起こり得るという。そんな事になれば、多くの血が流れることになるのだ。
オスカルは流血の事態は何としてでも避けたかった。

パリの巡回だけではなく、書類の処理も多い彼女だったが、夕暮れの司令官室で独り、迫りくる戦いの予感に心を凍らせていた。
(オスカルの居る司令官室は、いつも夕日の当たる部屋で背景は暗い。ものすごく彼女の孤独感がにじみ出ている。夕日による終末感は演出だろうが、もし朝日がサンサンと差し込む部屋だったらオスカルの性格ももっと陽気でラテン的だったかなと…余談)

 革命へと傾く流れに対して、なすすべもない無力さ。大河のように全てを飲み込み、流れていく歴史の姿を見せつけられるオスカル。
民衆の力は王家の権威を脅かし、時代の流れは貴族に不利になっている。その流れは日増しに激しくなり、それに逆らうアントワネットだけではなく、オスカルもまた、時代の激流に飲み込まれつつあった。

 どうしても戦いは避けられないのか。多くの人々が傷つき倒れ、家族を失い、家を焼かれる。フランスは血に染まり、同胞同士が殺し合う。
そんな悲劇は見たくはなかった。
…オスカルは自分の命のことを構っている暇もない。

 今やアントワネットが進軍させた10万を越す王家の軍隊はパリ市民たちの行動と言動の自由を奪い、憎悪を生んでいた。
またその頃、パリは貧困のために地方から流れてきた者もおり、軍隊がパリに集まったことで一挙に人口が増加。極端な食料不足が起き、飢餓がパリの人々を襲った(さらに実際には、貴族やブルジョワ階級の者が、投機による買い占めを行っていたらしい)。
状況は7月に入って一挙に険悪化。ロベスピエールは国王の軍隊に向かって、共に戦うか、さもなくば国境警備に戻れとパフォーマンスを行う。

 だがパリでの物騒な動きとは裏腹に、事実、国民議会は着々と権力を掌握し、憲法を制定するために憲法委員会を創設。国民議会は立憲国民議会と宣言し、国民主権をうたった。
絶対王制は立憲王制へと姿を変えつつあったのだ。
そして議員は自分たちにとって脅威である国王軍のパリ撤退を提案したが、国王からの返事は「議会警備のための進軍である」ときっぱり。さもなければ「議会を、パリから遠く離れた軍の集結地に移動させる」と皮肉り、民衆への脅迫と弾圧をやめることはなかった。

 平民たちによる王室への不満をダシにして、貴族たちが王室の権限を削るために三部会が招集された事、それが貴族たちによる革命であるのなら、三部会が開かれて、第三身分のブルジョア議員たちが徐々に勢力を拡大させて行ったこと、これも法律上では革命である。
革命への道はパリでの動きだけではない。議場ではすでに改革が進んでいたのだ。アニメのロベスピエールはそんな議会での提案が優先されるように、パリで流血の革命を起こしたがっているらしい。

 その頃、オスカルは画家に肖像画を依頼していた。
これまでモデルになるのを嫌がっていた彼女だが。
画家は、20年前のアントワネットの警護で、パリに行った時のオスカルを覚えていた。その時の事を懐かしむ画家に、オスカルもつい、その日の青空とアントワネットの初々しい美しさを思い出す。今となっては遠く過ぎ去ってしまった、まるで夢のように何事もなかった平和な時を。

 また同じ頃、オルレアン公とその一派は「ルイ16世の退位」と「オルレアン公がこれに代わる事」を要求。2000人のデモ隊を組んで、ベルサイユへ向かう(実際は7月2日にパレロワイヤルでこれらが提議されていたらしいが、本当にデモがおきたか、詳しい人数とか、オルレアン公がどうかかわったかという事までは不明)。

 ロベスピエールはオルレアンが尻尾を出したと鼻で笑っている。
オルレアン一派を国民議会から除名しようという部下にも、どうせ誰も支持しないからそっとしておけと、落ち着いている。
ロベスピエールの目的は国民議会の承認と軍隊のパリ撤退であり、それまでは内部のいざこざは避けたいもの。
それより大蔵大臣のネッケルが何かしてくれることを期待しようと弟子たちに語っている。

 その頃、ネッケルは国王立ち会いの会議で、王政改革を提案していた。
時の流れには誰も逆らえない。
王家だけでは国の運営は不可能であり、新しい勢力との協力に基づく議会政治なくしては国家の繁栄はあり得ないと彼は言い放つ。つまり国民議会の承認である。
これには集まった貴族の誰もが反対した。
新しい勢力、つまり身分の低い平民との協力など出来るはずがない。彼らはこれまで通り、無抵抗に貴族のしもべであるべきなのだ。国王がそんな平民と肩を並べることは出来ないと。

だが、ネッケルはそうせよとあえて断言する。
現に、我々にこの危機を救える力はあるのかと、ネッケルは同席した貴族たちに問う。だが誰も答えられない。
事実、貴族たちの言葉に惑わされず、国王はこの際、平民たちと手を組んで、立憲王政として王室が生き残る道もあったのだ。
しかし、ここでアントワネットが口を開く(この物語ではアントワネットにかなり権勢があるようだ)。
彼女はネッケルの案に猛反対する。国王の尊厳に傷がつくと。時の流れに負けてはならないと国王にはっぱをかけるのだ。

 事態は刻々と緊迫している。
オスカルの肖像画を描いていた画家のアルマンは早々に屋敷を立ち去った。
彼女が非常に疲れていたからだ。彼はオスカルの顔色を見て、そうとう病が進んでいることを見抜いている。
 画家と入れ替わりに屋敷に戻って来たアンドレ。
オスカルは彼に背を向けてバルコニーに立ち、風に金色の髪をとかせていた。体力の衰えを見せたくなかったのだろう。
彼女はさりげなくパリの様子を聞く。「自由が消えた」と答えるアンドレ。

 だが、そんな事より、アンドレはオスカルを心配した。
彼はオスカルが何か隠していると感じていたのだ。お前のことだけは何でも見える、いや…見つめていたい、と、思ったことをそのまま言っている。

 見ていたい。それは彼がもうすぐ光を失うことなのだ。見つめていたいのは彼のかなわぬ願いなのである。だが、オスカルはその事実を知らない。
しかし、この男、こうやって何回オスカルを口説いているのだろう、ド根性はある。それにしても「守る」「見る」というアンドレの言葉が嘘でないのはオスカルが一番良く知っていることだ。重みはある。

 一方、オスカルは、アンドレに余計な心配をかけたくなかった。
彼女は振り返り、憂いを帯びた目でアンドレを見つめる。それは隊長の顔ではない。女として彼を思う気持ちと、病気を打ち明けられないことへの済まない気持ちである。隠しているはずなのに、どこかすがるようなオスカルの目が実はアンドレには見えていない。
あああ…こんなところで不意に本心が出てしまったオスカルなのに!!
こんなに事態が緊迫していなければ、二人の間に障害はもうなにもないはずなのに、時代の嵐はそれすら許さない。

 翌日、サン・ジュストは国王夫妻の暗殺をロベスピエールに提言し、即座に却下される。彼、サン・ジュストはロベスピエールに影のように付きまとう男。世の中の変化をせっかちに求め、目的のためには手段を選ばないテロリストである。
ベルナールはサン・ジュストの行動を疑い、見張りに付くが、尾行はすぐに見つかった。
サン・ジュストは彼に言う。ロベスピエールの目的は革命・権力だ、私は誰も信じていないと。ベルナールはたしなめるがサン・ジュストは聞かない。

だが、サン・ジュストの言う「人は誰も自分のことしか考えていない」という考えは、ロベスピエールの非情さと同じものなのだ。前述の通り、彼はロベスピエールの負の部分である。
ロベスピエールはやがて特権階級を皆殺しにするチャンスを狙っている、そういう意味では僕以上のテロリストだと、サン・ジュストは言い放つ。
彼の、「誰も自分の事だけを考えている」ということ、これは人にも誠意を尽くそうとしているオスカルとは正反対の立場である。

まさに光と影。オスカルの影はサン・ジュストである。これを真っ向から対立するものと見るならば、むしろ光と闇と言った方が正しい。

 とまあ、原作&アニメ共に美しい花のサン・ジュスト君……。
余談だが、このときサン・ジュストはオスカルの気配を感じてはっ!となっている。
さんざん戦って失敗した経験から、彼はオスカルに強いオーラを感じるらしい。

 アニメでは彼はオスカルと直接対決した唯一の人物なのだが、オスカルにとっては暗殺計画を立てられるわ、父親は間違って撃たれるわ、さんざんな目に遭っているが、実はこの二人に愛憎関係は全然ない。
オスカルは自分の立場でサン・ジュストと戦っているし、彼は自分の理想のためにたまたまオスカルを標的にしただけ。
目的のためには手段を選ばないサン・ジュストの無機質な行動と、目的も手段も人への配慮を考えていたオスカルが見事に対比しているが、冷静に考えると二人とも、自分の信じた道を歩いているだけ。
余計な人情を省いていった、この通りすがりの人間関係が「人の生き方はさまざま」と言っているようでもある。

 ロベスピエールもサン・ジュストに手を焼いているが、そんなやりとりもみんな自分の人生は自分が主役だと物語っている。
全ての登場人物に自分なりの生き方があり、その中のオスカルでありアンドレであるという、言わばこの二人は没主人公性なのだが、群像の中で揉まれていたからこそ、二人のエピソードも人は人、自分は自分という「個」が強調されていたと思う。

 サン・ジュストやロベスピエールは最終回で「処刑された」のひとことで片づけられていたのだが、ああ…無情・無常の世の中というラストシーンに、オスカルやアンドレと共々彼らも礎石として歴史の川底に沈んでいってしまったなーと、私は何度見ても脱力してしまうのである。

 時同じくしてパリの巡回警備に出ていたオスカル、アンドレ、アランの三人は市民のデモ隊を見かけている。オスカルは人々の動きが暴動にならないかと案じるのだ。
アランはあっさりと、だが確信を持って革命が起きると言う。アンドレも納得している。
…アランはこのままだと革命になれば民衆が勝つと言う。
軍隊は統制が取れておらず、バラバラなのだからと。
平民サイドの視点であるアランもアンドレも、この時点では「革命」という言葉に希望を見いだしているのだ。
だが、その言葉の中には、オスカルが最も考えたくない流血の事態が含まれているのだ。世の中がひっりかえってしまう「一大事」の「革命」という言葉を安易に口に出せない貴族のオスカル。

貧しい暮らしをしていただけ有って、本能的に世の流れを見抜いていたアランは逆にすんなり「起きて当然」の「革命」と言い切っており、オスカルと対比してある。
 後々にアランが「革命」に失望し、田舎へひっこんでしまった事を含めて、彼女がこの場で希望を込めて安易に「革命」を口にしないのも面白い。今はただ、今後起きる事をアランの腹の内から聞き出すに留まっている。
…直後、オスカルは国王軍とのいさかいを避け、冷静に巡回をあきらめる。

 7月11日、ネッケルはアントワネットの怒りを買い罷免される。彼は自宅謹慎処分を受けた。
ロベスピエールはこの機に乗じて、ネッケルが虐殺されたとデマを流し、人々をあおる内容の演説で、市民の怒りに火をつけようとした。市民はそれに扇動され、武装を開始した。
と言うものの本当は市民にネッケル罷免のニュースが届いたのは12日らしい。

それと、ここで本来はカミーユ・デムーランか、原作のようにベルナールが「武器を取れ」と叫ぶべきセリフ。それをロベスピエールが扇動者として全て引き受けている。
彼の扇動を静観するベルナールはサン・ジュストの言葉を思い起こしていた。
ロベスピエールの本当の狙いは権力。だが、と、ベルナール。

 確かにロベスピエールは改革を先導しているのだが、改革は単に彼ら先導者ばかりが行っているのではない。彼の後押しをしているのは貧しい民衆たちであり、彼らによる幸福を求める気持ちと、虐げられて来た激しい怒りである。それは理念ではなく現実問題なのだ。
この際、怒りを煽るのも崇高な理念も、人々の団結を呼び起こすためのキーワードである。

それを物語るベルナールのセリフは、サン・ジュストの言うようにロベスピエールの冷たい計算ずくの本性を見抜いている。
同時にベルナールは、民衆が独自の力で団結し、ロベスピエールの扇動だけで動いているのではないとこの時にはっきりと感じている。

 7月11日夕刻、オスカルはアントワネットの元を訪れ、軍隊のパリからの撤退を願い出た。それが今のオスカルに出来る唯一のことだった。
 夕日が沈みかけていた。ベルサイユ宮殿の、噴水のある美しい庭。
二人の女がそれぞれの思いを胸に居る。風が女たちの髪をなびかせていた。
オスカルはいつものように礼儀正しく、アントワネットの前にひざまずいていた。彼女は仕える者としてかなわぬ願いを女主人に打ち明ける。
民衆の声を武力で押さえ込むことは横暴に過ぎない。湧き上がるような民衆たちの熱望は、新しい時代へのスタートなのだ。

 人の世の前進に武力は必要ではないはず。彼女は自分の信じた道を貫くために、女主人に軍の撤退を願い出る。
王室と国民が殺し合うようなことになってはならないとオスカルは進言する(後半に入って、かつてないほどはっきりとした主張である…主人への謀反を覚悟したセリフ)。
だが、アントワネットの決意は固い。オスカルの進言むなしく、彼女は戦いすら辞さない決意を語るのみ。女王として、武力に訴えてでも権威を守る覚悟なのだ。それが女王という運命に生きる女の選んだ道。

 女主人は「そういう事態になれば私を守ってくれますね」とだけオスカルに言った。
「…私は近衛を辞めた身でございます…」
今は、王室の警護がオスカルの任務ではなかった。そして、彼女の心は、あれほど忠誠を誓った王妃からも、いつしか遠く離れてしまっていた。
「…どうか、軍をお引き下さい」オスカルは再度、願い出た。

「それは…できませんオスカル…」アントワネットは答えた。
女王として、一国を支配せよと定められた女は、最後まで、女王の誇りを捨てようとはしなかった。
オスカルは万感の思いを思いを胸に、彼女を見つめたまま涙を流した。
…これまで、長い間、あなたこそを我が女王として、…心よりお仕えしてまいりました。今、…お別れです…、アントワネット様…。

「なぜ?…涙を…まるでもうこれきり会えないみたいに…」アントワネットも泣いていた。
二人の涙は風にちぎられ、きらきらと輝いて飛んでいった。
オスカルは大事な友人だった。彼女の涙の意味は、アントワネットにもよくわかっていた。

 もうすでにたもとを分かってしまった二人だった。

動乱の世に生まれた彼女たちの友情は、時代の流れに翻弄され、ついには逆らえなかったのだ。
オスカルは礼儀正しく一礼をしてから立ち上がり、アントワネットに背を向けて歩き始めた。
「…オールヴォワール」アントワネットはオスカルの後ろ姿にそう言った。
「オールヴォワール…」オスカルも立ち止まり背を向けたまま、同じく答えた。

二人の涙は止まらない。
そして、オスカルは振り向かずに去った。
アントワネットはそんなオスカルの後ろ姿をいつまでも見送っていた。

ラストのナレーションより。
「オールヴォワール」…また、会いましょう…。
だが、これが永遠の別れになることは二人にはわかりすぎるほどわかっていた。一国の女王という壁は、暖めあった友情ですら、ついに越えることが出来なかったのである。


 人には出会いと別れがある。
アントワネットのオスカルへ向ける気持ちと、オスカルがアントワネットへ向ける気持ちは、性格もさることながら主従関係と言うこともあり、少し違うものであっただろう。
立場の違いで進路がそれぞれ離れていくことは充分ありえる。

だが、一国の女王という壁が本当に友情を破った、ということについては今も疑問である。
オスカルの死後、彼女を回想するアントワネットの表情は優しい。全てを失って女囚としてこの世を去ろうという直前、彼女のなした最後の仕事は意外にも、オスカルという女性が確かに生きていたことを白い紙のばらに託したことであった。

こんな時代でなかったら共に笑いケンカをし、いい関係が続いていたのかも知れないアントワネットとオスカル。
この二人が心の中で、互いの選んだ道を認め尊重しあうことによって、友情は確かに存在していたと思う。



2002.3.14.up