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第37話 熱き誓いの夜に |
(7月12日午前〜7月13日夜明け) 今回は前回と違って個人エピソードが主体。 アンドレの時代を見る目が冒頭に描かれており、どうやら彼も彼なりの考えでこの朝を迎えている。常にオスカルのことだけを考えて悶々しているのではないらしい。 オスカルにとって今回は絶望と希望とが激しく交差する回でもある。 生きることとは何か? 限られた時間を自分の思うままにと彼女の言う「精一杯生きたい」が、耳に痛い。 民衆の自由を熱望する力、そして怒り。何が正しくて何が間違っているのか、誰にもわからぬまま混乱はついに戦いへと転じる。 7月12日夜明け、アンドレはその混乱と疑惑が本当に新しい世界への胎動なのかと疑問を投げかけている。だが、何が大事か知っている彼は物静かだ。 一方、オスカルは屋敷でまんじりともせずにいた。 彼女はアントワネットと別れてから昨夜遅く、主治医のラソンヌ先生に診察を依頼する。 診断の結果を渋る医師に、オスカルは限られた命であればこそ、自由にあるがままの心で精一杯生きたいと、彼に真実を話すように頼んだ。 オスカルは胸をやられており、革命の有無にかかわらずあと半年しか生きられないと宣告される(原作ではここまではっきりしていないのだが、アンドレがオスカルの命の期限に気づいているかも知れないという伏線か?)。 そんな宣告すら冷静に受け止め、職務を離れて療養を勧める医師にただ礼を述べるオスカル。彼女にはまだまだしなければならないことがあるのだ。 だが、医師は予期せぬこともオスカルに伝えた。アンドレが失明するのは、もう時間の問題であると。 フランスの未来のこと、自分の限られた命のこと、そして今や彼女にとってかけがえのないアンドレにふりかかった不幸が、彼女にのしかかっていた。 これまでは、あまりにも忙しく、自分をかえりみる間もないほど、オスカルの肩にかかった仕事の責任は重いものだった。 そんな中で自分の気持ちなど、ゆっくり考える暇などなかった。 アンドレの目が見えなくなる。その事実はオスカルにとって、自分の命の事よりも彼女を苦しめる。 そう、このパリ出動への緊張が高まる今、彼女は自分にとって何が一番大事か、もう考えるまでもなかった。 彼に自分の気持ちを素直にうち明けよう。 それほどまでに、アンドレの存在は大きなものになっていたのだ。 忙しさの余り、自分を振り返る暇も無かったオスカルは突然、命の期限を知らされる。 男として生きると意地を張り、信じるもののために、残りの命をかけることも、かつての彼女には出来たかも知れない。だが今は、大事な人がいる。二人の大切な時間が欲しい。…戦いの前の静けさの中、今こそ自分に正直に悔いなく生きようとするオスカル。アンドレと共有して来た時間は、もう残り少ないのだ。 その日パリでは、武装する市民たちであふれ、民衆は落ち着かずに忙しく動き回っていた。人々は小さなグループを作り、やがて大きな群れとなった。 オスカルはネッケル解雇の知らせを受けて、パリ市民が黙っているとは思えなかったであろう。彼女は非常事態も有り得ると思い、宿舎に泊まるつもりをしていたが、ばあやから肖像画の仕上げが今日の午後であると聞かされる。彼女は思い直したように午後に屋敷へ帰ることをばあやに約束した。 今は、明日どうなるかわからない時代に突入していた。 男として育ったとは言え、結婚すら蹴ってしまい、両親に子供の顔すら見せることが出来なかったオスカルだった。 何かひとつ、両親に残す物として描いてもらっている絵だ。この不穏な情勢では、早く仕上がるに越したことはない。 …私にもしもの事があれば、せめてこの絵で両親の心が少しでも慰められたらと、オスカルは思っていたのかも知れない。 その頃、アランたちは兵舎で待機していた。 いつものようにカードをしていても気分は乗らない。彼らはA中隊に戦闘装備での出動命令が出た事を聞いて、暗い気持ちになっていた。 パリへの出動は自分たちと同じ身分である民衆、つまり親や兄弟に銃を向けることでもあった。やり切れない気持ちが彼らを襲う。 戦いの前の静けさは兵舎の中にいる彼らにもひしひしと伝わって来ていた。 果たして非常事態は起きるのか? アランはベッドに転んで、いざとなれば寝返る事を考えている。 アンドレもアランと同じく、始終無言で隊員たちのやり取りを聞いていた。 だがアンドレは非常事態になればオスカルもきっと民衆側に寝返ると信じていたであろう。 人の身を考えることが出来る彼女のことだ。戦いを、望む望まないにかかわらず、いざとなれば弱い立場の民衆の盾になるのはわかりきったことだった。だが、その時はいつくるのか。 もしアンドレの目が悪化しなかったら、又は、もしオスカルのためではなく自分の信念のために情熱を注いでいたなら、彼は隊の中でどのような位置にいたのだろうか、と考える。オスカル同様、冷静な思考ができて、いざと言うときには真っ先に行動を起こしそうなアンドレ。 オスカルのことがなければ新しいフランスのために、何らかの形で人に影響を与える事をしようと決意していたのではないだろうか。 それとも楽天的な彼には改革の統率者というより、人々の心のより所のような役が似合っていたかもしれない。 その頃、衛兵隊に着いたオスカルはやけに兵舎が静かなのを不思議に感じていた。 そのわけを彼女は、今日A中隊がパリに出動したことをダグー大佐から聞く。今、パリでは民衆が広場で気勢を上げているらしいのだ。 死傷者が出ていないかオスカルは気にするが、国王の軍隊が睨みをきかせているので、ろくに武器も使いこなせない民衆は刃向かえないでいる。だが、状況の悪化でB中隊の出動もあり得るので、パリの巡回は見合わせて待機せよという命令が上層部から入っていたのだ。 その報告を伝え終えて司令官室を退室しようとしたダグー大佐は不意に、オスカルに屋敷へ帰って待機して欲しいと切り出した。 …彼の妻は去年胸の病で亡くなったと言う。 彼はずっと前からオスカルの病気に気が付いており、彼女の体を気遣い涙する。まじめだけがとりえのダグーだったが、なかなか人情厚い男だった。いや、実は彼は実直で仕事もキッチリしていると私は思う。 彼は、扱いにくい衛兵隊の隊員たちを統率している女隊長に、はじめから一目置いていたのだ。オスカルの良き理解者の一人である。 オスカルは彼の気持ちにも答えるべく心から礼を述べ、彼の言葉に従い屋敷に帰ることを約束する。 だが、オスカルは屋敷へ帰る前に確かめなければならないことがあった。彼女はアンドレを自室に呼んだ。 やって来たアンドレは、壁にオスカルが立っているのも気づかず、部屋に入り、空の椅子に向かって冗談交じりにパリの様子を報告を始める。彼はオスカルがパリの出動のことで暗い気持ちでいると思っていたのだ。いつものように明るく振る舞うアンドレ。が、その視界はぼやけている。やっと椅子に人の気配がないことに気づき、首をかしげて帰って行く。 オスカルはその様子を一部始終見ていて衝撃を受けている。アンドレの目は彼女の姿すら見えないほど悪くなっていたのだ。 兵舎を出たアンドレに、先回りしていた(先回りはアンドレの得意技のはず)オスカルは何も知らなかったように冷静に振る舞い、わざと明るく一緒に屋敷へ帰ろうと誘う。 アンドレを私用で使ったことのないオスカルが珍しく、屋敷への供を言いつける場面。彼の手を握り締めて「供をして欲しい」と言うのは誘惑に近い。 隊にいて、オスカルがアンドレに私情を交えた事を言ったのはこれがは最初で最後。 今日は勤務はない、命令待ちなのだからとオスカルは言う。 だが命令待ちならば、一介の兵士であるアンドレはみんなと一緒にここにいるというのだが、…本当にニブい男だ。オスカルは作戦を変え、そんな彼の手を両手でしっかり握り締める(強引だ)。 「供をして欲しい」とオスカルはアンドレの手を離さずそう優しく言った。 そう言いながらも彼女の瞳は先程のショックから抜けきれず、彼を思う感情があふれているのだが。 にわかに嬉しそうなアンドレ。珍しく頼み事をするオスカルに疑問を感じつつ、頼まれたアンドレはまんざらでもない。隊長でもなく幼なじみでもなく、妙に女っぽく甘えられたら、男はめっちゃ嬉しい〜のだ。 7月12日午後。群れとなった民衆の集団はついに行動に出た。彼らは軍隊の隙をついて駆け巡る。まず食料倉庫が襲われ、武器が奪われた。また、囚人の解放や奪った食料の公平な分配も行われていたらしい。 その頃、ジャルジェ家の屋敷ではオスカルの肖像画が完成していた。 軍神マルスの姿のオスカルが白馬にまたがり、剣をかざしてほほ笑んでいる絵だ。その見事な出来栄えにジャルジェ将軍をはじめ、家族の者は感嘆の声を上げた。ただ一人、失明寸前のアンドレを除いて。 オスカルは戸惑う彼の様子をただ黙って見つめている。だがこの絵、私が思うにどう見てもキョーレツに似ていない。 それと画家の言う「オスカルの心の中は戦の庭に…」というたとえがどうも合っていないような気がする。戦いに情熱を燃やすタイプに見えないのだ。どちらかと言えば戦いに感情を殺すタイプだと思う。もし燃えて炎が出ていても真っ赤ではなく、バーナーとかガス系の青白い炎だろう。 夕刻、オスカルの部屋。彼女と二人だけになったアンドレは、オスカルの絵を真剣に見つめている。彼の目はほとんど絵を見ることができない。それでも心の目でオスカルを見つめ、尊敬を伝えている。見えない目をこらし、オスカルの絵を誉めた。お前は美しい、と。だが、彼の想像する彼女の絵姿は、実際とはかけ離れている。 彼女は、はっとした。アンドレはその絵にはないものを誉めているのだ。 見えない目で無理をして絵を褒めたたえるアンドレの優しさ、そして彼の深い愛情にオスカルの目から、たまらず涙があふれる。 だが、アンドレはそれでも誤解したまま絵をほめ続け、彼女に語りかけた。 オスカルはそんな彼の誤解に話を合わせている。彼女の頬にはとめどなく涙が流れていた。 オスカルは彼の背中にありがとうを繰り返した。 今、彼女は、アンドレの愛情に守られて生きて来た幸運を心から感じているのだ。命の期限を切られたオスカルだからこそ余計に、ささやかな幸せを素直な気持ちで受け入れることができたのかも知れない。 ありがとうを繰り返す彼女の気持ちは、愛する者への尊敬と感謝である。それはありきたりな「愛している」というセリフより深い。 「ありがとう、アンドレ。ありがとう」は私のイチ押しの名セリフである。 ところで、この二人はお互いに相手に心配させまいとして、病気を隠し合っているのだ。だが、オスカルは彼が失明寸前であることを知っているし、アンドレも彼女の病気をうすうす気づいているかも知れないのだ。 周囲から見たらまどろっこしいような二人だが、長すぎる時間が二人の気持ちをさらに強く結び付けたのもまた事実。 オスカルの絵に向かい、こぶしを握り締めるアンドレの姿に、彼女を神聖化するほどの強い思いが現れている。 ここのセリフはまるでアンドレのモノローグ。 普段オスカルに対しては仕事を通じてのつながりがほとんどという中で、ここでは彼女に直に言えなかったことを、絵に向かって告白している。この抑えた感情をオスカルが気付かないはずはない。現実、面と向かって言われるとさぶいセリフをアンドレの一人語りでうまく処理してある。 さて、二人の静かな時間は長く続かない。間もなくアランが屋敷へ早馬でやって来て、翌日の進撃命令を彼女に伝える。 オスカルには忠実なアランは、彼女の行動を信じているからこそ屋敷へじきじきにやってきたのだ。 覚悟を決めて聞くオスカル。彼女の顔は隊長に戻っている。 場面は変わり、出撃命令を受けたアンドレはさっそく馬小屋で馬の用意を整えていた。 そこへやって来たのはオスカルではなくジャルジェ将軍だった。 …ジャルジェ将軍は悩んだに違いない。 だが彼が一番に大切にしたのは家名ではなく娘の幸せなのだ。 彼は語る。出撃となれば何が起こるかわからない。ジャルジェ将軍は今のうちに自分の本心を告げておこうとしたのだ。アンドレが貴族なら、間違いなくオスカルとの結婚を許していたと、それどころか心から祝福していたと。 この二人の会話は以前の成敗騒動の顛末でもある。男同士の決着なのだ。 ジャルジェ将軍はすでに二人に対する怒りを解いていたのだ。それどころか、今では二人の気持ちを認めていた。必ず戻って来いと、アンドレの両肩を強く握るジャルジェ。 もちろん、アンドレには、それがはっきりと結婚の許可だということがわかった。そして馬小屋の外で二人の会話を聞いていたオスカルは、以前のように二人には立ち入らずにそっとその場を離れた(こういう所はどうしても男たちに主導権があるが、自分のことながら、とかく女を巡る男たちの対立には沈黙するオスカル)。自分の意志に関係ない次元の話はあえて無視というところ。 たとえ、オスカルが二人の話を聞いていなくても、彼ら同士の「和解」は察したであろう。 何に付け、人と人のわだかまりが解けるシーンはめでたいものだ。 父の許しを得て、彼女はやっと肩の荷をおろしたことだろう。 彼女が最後まで責任を感じていたジャルジェ家の跡取り問題は、父の了承を得て静かに解決した。ジャルジェ家を巡る一連の事はこれで全ては丸く収まったのだ。 余談だが、消えたジャルジェ夫人。 後半のオスカルは非常に女性的。母親の持っていた心の強さをそのまま受け継いでいるのだ。そうなると、母として彼女の出番はない。よもや死んでいない事を祈る。 12日の夕日が沈みつつあった。オスカルはアンドレを伴って、衛兵隊へと向かっていた。川沿いの並木道を二人は急ぐ。 だが暴徒と化した市民たちがアンバリッドの武器庫を襲いに行く所に遭遇し、二人はその巻き添えを食って襲撃されてしまう。 オスカルはアンドレをかばって逃げるが、そのまま夜になり、暴徒を振り切って逃げ込んだ森の中でも民衆たちは集まって気勢を上げていた。 二人は民衆に気づかれないように、森の泉に沿った道を歩き始める。蛍が飛ぶ静かな森の中は何となくいい雰囲気で二人きり。 戦いはすぐ明日に迫っている。オスカルはこの森の中で、まるで生き急ぐようにアンドレに自分の気持ちを伝えるのである。 彼女は少し後ろを歩くアンドレに、不意に彼の目が見えない事を切り出した。 アンドレはちがうとは言えなかった。彼はただ黙っていた。 目が見えないお前を出動に連れて行くわけにはいかない。今から屋敷へ戻ろうと言いながらアンドレに近づいて行くオスカル。彼に万が一のことがあってはいけないのだ。 沈黙…。真剣なまなざしで二人は見つめ合った。 だが、アンドレは共に行くと言う。俺はいつもお前と共にある、決して二人は離れることはないのだと。これまでも、これからも。彼はいつものように静かに優しく言った。常に共にある、それが彼の誠意なのだ。 アンドレの言葉に、オスカルの深い海の色をした瞳が揺れた…。 彼女はもう、自分の気持ちを押さえられなかった。自分がアンドレを愛しているのは明らかだった。そして、彼の愛情が本物であることも…。 見つめ合う二人。 彼女がこれまで気持ちを言い出せなかったのは、アンドレを傷つけたであろうフェルゼンへの思慕。そのことがアンドレを思う気持ちが大きくなるにつれ、罪として自分を責める原因となったのだろう。アンドレを傷つけて来た、こんな私は彼に愛されるに値しない、と。 オスカルは自分の心にわだかまっていた事を静かに語り始める。かつて、おまえに愛されているのを知りながらフェルゼンを愛したと。 オスカルはアンドレを傷つけていたことを少なからず後ろめたく思っていたのだ。今となってはそれが残酷な仕打ちだったとはっきりわかる。 「そんな私でもなお、愛してくれるのか」 オスカルはそう言って、目にいっぱい涙を溜めた。 だが、アンドレは変わらぬ愛情で、オスカルの全てを受け入れていた。 アンドレは迷いもせず言う。「全てを、命あるかぎり」と。 オスカルはアンドレの愛の深さにあらためて感動していた。 何という男なのだろう。彼は心優しく包容力もあり、オスカルの全てを受け入れてくれるという。 涙が堰を切ってオスカルの頬を伝い落ちた。 彼女にはもうためらうことはない。彼女はそっと手をのばし、アンドレの胸に寄り添って行った。 愛しています、私も、心から…。彼女にはそれしか言えなかった。だがほとんど目が見えない彼にも、オスカルのぬくもりは言葉以上に気持ちを伝えたのではないだろうか。 愛し合うのは心と心。彼らはもうずっと前から愛し合っていたのだ。 アンドレの胸に顔をうずめて肩を震わせるオスカルの手を、彼はそっと握り締めて言う。 そんなことはもう何年も前から、いや、この世に生を受ける前からわかっていたと言い切るほど彼の想いは深い。彼の見えない目ははるか遠いところを見つめている。 お互いを想い続けた長い時間。二人は体より前に心がしっかりと結び付いていて、その始まりはいつからと言えば、結び付いていた二人が別々の体に生まれる前からなのだから、アンドレの言う「生まれる前から」と言うのも彼には真実なのだ。そんなアンドレの様子を見ようとしてオスカルは顔を上げる。 泣いている彼女のその純真な表情は、子供のころから全く変わっていなかったであろう。ただ違うのは、いつもそばにいたオスカルが、今は彼の腕の中にいることだった。 アンドレはオスカルを静かに引き寄せ、口づけした。 強く抱き締められると、オスカルはこれまでずっと独りで強がっていた自分から解き放たれたような気がしていた。 愛する男の腕の中に守られていると、これまでにないほど心が休まった。 男として生きよう、男であろうとして来た彼女の人生の中で、これほど、自分が女として充実したことはかつてなかったはずだ。 オスカルは、今はもう、あるがままの心で、アンドレの腕の中に身を任せていた。辺りには蛍が舞い、美しい銀河が夜空に輝いていた。 …そしてオスカルはアンドレ・グランディエの妻となった。 アンドレ・グランディエ。あなたがいれば私は生きられる。いえ!生きていたい。オスカルは今初めて、生きる喜びを知る。今や、アンドレはオスカルの命の全てであった。 美しい銀河をバックに描かれているのは、お互いを思いやり、大事にしたいと願う、尊敬と信頼に満ちた静かな愛情である。 信じあい愛しあう、生きる喜びを知ってしまったオスカル。「生きていたい!」それは限られた命を精一杯生きる、彼女の心の叫びだったのであろう。 この辺はオスカルが後ろ向きなので彼女の表情は読めない。それに、放映の時間帯からして、これ以上の描写はやはり無理だったのだろう。 それも二人が結ばれたのは、殺気立った民衆が潜んでいる落ち着かない森の中。ほかにいい場所はなかったのだろうか。 だが、彼女は父からもう完全に独立している。屋敷は父の家であり、独立した彼女の家ではない。すでにたもとを分かった父の領域の中で、アンドレと結ばれる事には抵抗があったのだろう、父にも悪いし。 当然、パリでは暴動騒ぎなので無理。それでは隊の兵舎の中で、というのも職場でそんなことになるのはまじめな二人にはちょっと無理…、と言う事になる。 そして出来れば早いうちにアンドレに自分の気持ちを打ち明けたかっただろうオスカル。 だがなかなか切り出せずに森の中になってしまう。暴徒に襲われて森に逃げ込むのも、なるべくしてなった森の中?という所だろうか。 それにしても、ほとんど動きを入れないラブシーンなので(二人ともニコリともしないのだ)、かえってこれまでにあったような手を握ったり瞳を揺らしたりというきめ細かい動きのほうが二人の愛情を表現してある。OVAでないのは非常に残念だ。 それと、オスカルはアンドレにあなたと言っている。ただ、これまでずっと「お前」と呼んで来たので、いきなり相手にあなたとはさすがに言いにくいだろう。これは多分彼女の独白であって、アンドレに直接言っているのではなさそう。 その頃、ジャルジェ将軍は、オスカルの肖像画を前にして、彼女に別れを言わなかったことに気が付いていた。 だが、言わぬ方が当たり前、またここへ帰って来るのだから。彼は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 父親の手元から巣立って行った娘は、すでに貴族として生きる人生からも心が離れ、愛する男と共に自分の道を選んで行った。 彼には、心優しいオスカルがどのようなことを考え、どのような行動を取るか、よくわかっていた。そして、そろそろラソンヌ先生からオスカルの病気のことを聞いたであろうか。 たとえそうでなくとも彼は悔いのない生き方をする娘に誇りを持っている。いや、彼女が悔いなく生きてくれることで、自分の犯した過ちが少しでも救われることを願っている。 その時、ばあやはオスカルが残していった手紙をジャルジェに持って来た。 彼女にそれを読ませるジャルジェ。 手紙にはただひとことだけ書いてあった。 …私ごとき娘を愛し、お慈しみ下さって本当にありがとうございました、と。 オスカルは愛情を受けた父に対し、謙虚に感謝している。 それは、彼女ができる父への最後の言葉である。生き延びてもあと半年の命。たもとを分かった彼女には、これが今生の別れになるはずだ。まして、貴族社会に謀反を起こすであろう自分の未来を予測すれば、父への気持ちは感謝だけではなく心痛の想いもあったはず。 ばあやも愕然とする。 そして彼女の読み上げる手紙に、ジャルジェ将軍は感極まった。まるでそれでは本当の別れのようではないか。彼の目に涙があふれていた。 「許さん!許さんぞ、オスカル!」 ジャルジェ将軍は別れの悲しみを隠すように、オスカルの肖像画に叫んだ。 夜明け前、衛兵隊に向かって馬で駆けるアンドレとオスカルの姿があった。 結ばれるべく結ばれた二人は命ある限りもう離れることはない。 これからの短くも与えられた時間を共に歩む夫婦として、彼らは待ち受ける運命に向かって走って行く。 オスカルは今、これまでのようにアンドレを部下として、従僕として、後ろに従えてはいなかった。その反対に彼女は自然とアンドレに守られようとして、少し後ろについて走っていた。 オスカルと共にあることがアンドレの愛情を表すもの。オスカルがそんな彼に応えて少し後ろに付き従うのも、体を一つにするのも、違う性に生まれたのも、ただ愛し合うための一つの手段に過ぎない。 妻として、夫についていく。 それはこれまで彼女が男として生きてきた限り、しなかった事でもあるし、出来なかった事でもある。 いつもつんとして冷たい顔で強がるオスカルが、アンドレに馬の先導をまかせている。 ごくたまに見せる彼女の可愛らしさ、このギャップが何ともたまらない(強制ならいやだけど、自分の意志で守られるのはいいんだよ〜ん)。 本当はお互いの思いが通じ合って、幸せをかみしめているであろう二人。 状況が状況だけに微笑えないのが気の毒。 だがこの夫、確かに妻に従われているが、彼自身も妻を尊敬しうやまっているのだ。 こういう夫婦に主従関係はあるのだろうか。 嵐が待つ未来へ向けて馬を並ばせて駆けて行く決意と、二人のかたく結ばれた姿を見ていると、男と女、どっちがえらいと論じるのが馬鹿らしくなってくる。 互いに相手を尊敬し、深く思いやる二人はどちらもえらい。 …いゃあ、ホタルのシーンは相変わらず照れます。(*^_^*) あの地味なキスシーンと、ラストの馬を並べて走る「止め絵」が私のお気に入りです。 音楽もまた良し。 2002.4.18.up |