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第39話 あの微笑はもう還らない!

(7月13日夕暮れ〜14日昼過ぎ)


 夕日がパリの町を照らしていた。
重傷を負ったアンドレをかばいながら、オスカルたちは敵の中を強行突破する。敵の軍隊が列になって銃を構えている中を、彼女は先頭を切って敵陣へと突入していくのだ。アンドレの命を何としても救いたい一心で、オスカルはすさまじい形相で敵に切りかかる。彼女は誰かを守るためには、全力を発揮する。ふりそそぐ銃弾も彼女をひるませることはない。

そう、彼女はもっと早く気づくべきだった。アンドレの命がどんなに大切か、これまでの彼女の行為は示していたはずだ。アンドレが目を負傷した時も、敵の追跡よりも彼のほうが大事だった。かつては死刑となるべきアンドレの為に命をかけたこともあった。その時にオスカルは気づくべきであった。
自分の本当の心に耳を傾け、彼女がアンドレをずっと前から愛していたということを。

 先頭になって敵陣を突破するオスカルは危険をものともせずに夢中で帰路を開いていく。
彼女に続くアランをはじめアンドレの負傷はオスカルだけではなく生き残った兵士たちにとっても、アンドレを守って生きてバリケードへたどり着くのだという大きな使命を帯びさせた。
その気合いのせいか、どうやらこの時に脱落した者はいないように見える。

ちなみに全くの余談だが、この時代に使用されていたマスケット銃という種類の長身銃は命中率が低かったらしい。なので、横二列に並んだ兵士たちが列ごとに一斉銃撃と弾込めを交代し、効率化を図っていたという。
オスカルたちは意表を突いて敵陣に突撃し、この一斉射撃のリズムを崩してうまくかわしたと思われる。(ホントかな?かなーりいい加減な推測で書いてます:本音^^;)
本当は兵法の本などで研究すればいいのだろうが、それでは解説がなかなか終われない。

 広場のバリケードに帰ってきた衛兵隊員はベルナールやロザリーに暖かく迎えられた。オスカルは人目には冷静な司令官の顔をしているが、かなりうろたえている。医者を求める声も震えているのだ。だが、アンドレはもう助からない。
 教会の鐘が夕刻を告げていた。鳥の群れが巣へ帰って行く。その鳥たちのように、やがて人も空へ帰って行く。
アンドレはバリケードの中に用意されたベッドに横たわっていた。
「…日が沈むのか?オスカル」
彼の目には、もう何も写ってはいなかった。
「うん、今日の戦いは終わった…。もう銃声ひとつしないだろ…」
「…鳩がねぐらに帰って行く羽音がする…」
「うん…」
オスカルは戦いを終え、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
そして、それは昨日までとはちがう、一人の男を愛する女の顔だった。

 アランは二人の様子にただ黙っていた。彼にとっても今、親友が神に召されようとしているのだ。隊員たちも遠巻きにアンドレを見守った。
なすすべもなく、医者は頭をうなだれた。
アンドレは苦しい息の下で、オスカルに震える手を差し出した。
オスカルはその手を両手で握りしめる。彼女の両目からこぼれ落ちた涙は、握っているアンドレの手にぽとりと落ちた。
「どうしたオスカル。…何を泣いている?」
「…アンドレ、式を挙げて欲しい…。この戦いが終わったら私を連れて地方へ行って、どこか田舎の小さな教会を見つけて…」
オスカルはアンドレの手を頬にすり寄せ、目を閉じた。
涙は止まらない。

「そして結婚式を挙げて欲しい…。そして神の前で…私を妻にすると誓って欲しい…」
オスカルは涙ながらに訴えた。それは女にとって、ごく平凡な願いであった。
平凡な女であればかなえられた夢だった。
だがオスカルの与えられた運命は、残酷にもそんなささやかな夢すら彼女から奪っていった。
「もちろんだ…そうするつもりだよオスカル…。そうするつもりさ…」
アンドレはほほ笑んだ。

「でも…オスカル…なにを泣く…?なぜ泣くんだ…俺は…だめなのか?」
オスカルは再び目を開けて、息も絶え絶えになったアンドレを見つめた。
アンドレがこんなことで死ぬはずはない…死ぬはずは!オスカルは自分に言い聞かせた。
辺りにいた者は絶句した。この今まさに神に召されようとしている一人の男の静かな様子に、アランをはじめ誰もが、その命のはかなさと尊厳を感じていた。
「…なにをバカなことを…アンドレ…!」
オスカルは否定した。

これまでいつも友のように、兄弟のように「バカ」と平気で言っていたオスカルだった。だが、今こそ、本当にこれがばかなことであって欲しいと心から願った。
「そうだね…そうだ…そんなはずはない…全てはこれから始まるんだから…俺とおまえの愛も…新しい時代の夜明けも…全てがこれからなんだ…こんなときに俺が死ねるはずがない…死んで…たまる…か…」
アンドレの目に、一粒の涙が光った。それは彼が、予期せぬ自分自身の早すぎる死を悟り、流した最後の涙だった。

最愛の人を残し、新しいフランスの誕生を目の前にし、余りにも心残りの多いアンドレ・グランディエの生涯が今、静かに閉じられた。
しかしオスカルは彼がもう何も聞こえず何も感じないということに気づかないまま、アンドレに語りかけていた。
「いつかアラスへ行った時、二人で日の出を見た…あの日の出をもう一度見よう、アンドレ…あのすばらしかった朝日を…二人で…二人で…生まれて来て出会って…そして生きて…本当によかったと思いながら…」

「…」

「…はっ…!!…アンドレ…アンドレ?」
オスカルは立ち上がった。

だが、彼女の問いかけに、アンドレはもう何も答えなかった。
見開いた目は遠くを見つめ、オスカルのはるか後方の高い空に向けられていた。彼の目には最期の涙が光っている。
ずっと見守っていたアランも瞳を震わせ帽子を取った。

 夕闇が迫っていた。
流れ星が、二つ…三つ…流れて消えた。
にわかに風が吹きはじめ、オスカルの心の中にも何か冷たいものが通り過ぎて行った。
アンドレと共に過ごした長い年月。いつもオスカルのそばにいて彼女を見守って来たアンドレ。
その思い出の一つ一つがぐるぐると渦を巻き、風のうねりのように大きな音を立てて、オスカルの胸にぽっかりと開いた穴を吹き抜けていった。

誰もその様子を見て動かず立ち止まっていた。
アラン、ベルナール、ロザリー…。アンドレの死に立ち会った者すべてが悲しみに包まれ、言葉すら失っていた。
アンドレは一筋の涙と共に、顔にはいつもの笑顔を浮かべていた。オスカルの愛した優しい笑顔だった…。

「アンドレ!!私を置いていくのか!!あ…あぁ…!」
オスカルは絶唱した。突風がアンドレの顔にシーツを巻き上げ、彼の顔を隠していった。
白いシーツは二人を永遠に隔て、引き離し、アンドレを遠いところへ連れ去った。それはあたかも一人の男の、短い人生の舞台の幕が今、下りたかのようだった。

「アンドレ…!!」
オスカルはベッドの傍らに肩を震わせて座り込んでしまった。
病魔にむしばまれた彼女の体はすでに限界に来ていた。オスカルの唯一の支えであるアンドレの死は、彼女の生きる希望を奪い、ほぼ残りの命すら奪っていこうとしていた。
周囲の人々はただひたすらアンドレの死を悼み、沈黙するしかなかった。

********************

 夜。オスカルはアンドレが安置されている教会の入り口の、石の階段に腰を下ろして、ずっと彼に付き添っていた。
明かりを焚いた広場のバリケードの中では、アランをはじめ、生き残った衛兵隊員たちが、肩を落として集まっていた。
戦いが始まったとは言え、静かな夜だ。
男たちは気を紛らわせようとして、いつものトランプを出して来て、繰りはじめていた。
「そう言やぁアンドレのやつ、俺たちとはついに一度もカードはしなかったな」
「ああ…どこか、こう、変わってたな…」
男たちはポツリポツリと、アンドレのことを語っていた。
変わり者と言われても困るが、何せ男たちが寄り集まると、へそから下の話になるのだ。そんなおゲレツな話に参加するアンドレでもなかろう。

「よう、アラン、やらねえか」
「どうも俺は今日は乗らねえんだ…」
隊員たちは沈みがちだ。
「またにしとくよ…」

アランもカードをする気分ではなかった。
「隊長はどうしてる、まだ教会の前か?」
アランは聞いた。
「…ああ…」
隊員はカードをやたら繰っているだけだった。
「どっこいしょと」
アランは立ち上がった。

 寒い夜になっていた。時折、強く吹き過ぎていく風は湿気を帯び、雨を予感させた。ついには心配してアランがオスカルの所へ見回って来た。
「冷えるぜ、今夜は」
アランはそう言って、階段にポツンと座っているオスカルの肩に、自分の外套をかけてやった。
オスカルは振り返った。

愛するものを失った彼女の顔はやつれ、疲労と重なり痛々しかった。
「…」
「隊長…安っぽい慰めは言いたかねえが、アンドレは幸せもんだよ…あんたへの思いが一応は通じたんだからよ…元気出せや」
オスカルがこんな言葉で元気を出すはずがないのは百も承知である。だが、何かを言わずにはいられなかった。
アンドレの代わりというわけではないか、親友としてオスカルを彼に代わって見守らねばという気持ちがある。
彼もまた、親友を失った痛みに深く心を傷つけていたのだ。(それに、彼はここでオスカルを名前で呼んでいる。かなり親しみがあるらしい)
アランはそれだけを言って立ち去ろうとした。

「アラン、待ってくれ…明日からのわが隊の指揮はお前に頼む…。私は…私は…もうみんなを引っぱっていけそうもない…」
オスカルは初めてアランに弱音を吐いた。
もちろん、アランにもその気持ちは痛いほどわかる。彼とても最愛の妹や母親を亡くした時、たまらず失踪したほどなのだ。
だがオスカルが隊長だからこそ、アランはこれまで彼女について来た。

それはオスカルがイイ女だからとか、単に指揮官として優れていたからではない。
身分を越えた、彼女の人間としての汚れない理想と(彼女は何も語らないけど)、ひたむきな態度に感銘を受けたからだ。

反対に、女に優しいアランの場合、もしオスカルが男だったら、貴族のぼんぼんが何をしようと勝手にしやがれと思ったかもしれない(と、勝手に考えてみる…ていうか我ながらすごい偏見)。
一般的に、男には女に比べ支配欲や権力欲などのいらぬ欲がある(だからこそ男らしいのだけれど…)。
その点、オスカルには戦ったからと言って彼女自身には何も見返りもない。
彼女のようにほとんど無欲で戦いに身を投じた者にこそアランは力を発揮し、共に戦う決意をしたのだ。

「やめなよ、オスカル。そんなことを言い出したらキリがねえ…。あんたの深い苦しみとはくらべようもねえだろうが、奴が行っちまって傷ついてるのはあんただけじゃねえ…」
アランはオスカルに背を向けたまま言った…。思わず涙があふれる。
意地っ張りのアランは男の涙をオスカルに見せたくなかったのだ。
「朝までにゃみんなの前に顔を出してくれや…。すべてはこれからなんだからよ…」
アランはそう言い残し、オスカルの元を去って行った。

そう、すべてはこれから、なのだ。だがオスカルには何が残っているというのだろうか。彼女にはもう未来すら見えないのだ。戦いは彼女から全てを奪っていった。
しかしアランは、オスカルに強くあって欲しかったのだ。彼女には武力という強い力がある。だがそれよりも、その力を権力者の横暴に対して発揮するオスカルの態度こそ、何より強くあって欲しかったのだ。武力は弱いものや虐げられたものを守るためにあるのだ、と。

アランは見た目のとおり、ケンカ大好きの好戦的な男である。その彼が、オスカルの徹底した守りの姿勢に共鳴し、武力よりも強い「誠実さ」や「優しさ」の存在を信じたのだ。だからオスカルは何があっても苦しみに耐えて、強さを示してくれると彼は信じて疑わない。
そして、そう願う一方で、オスカルを守りたいと思っているアラン。相反しているようだが、アランはオスカルに色々と理想を要求して甘えている(甘えているとはこの場合非情に表現が悪いのだが、良い意味で「信頼」という事)。

 だが、オスカルはその直後、発作に襲われ、血を吐き、階段を転がり落ちた。
物語中、彼女がこれだけ激しい発作を起こすのは始めてである。
体力はもはや限界。
部下がウロウロしているこんなところで倒れられない…。いたたまれず、這うようにして路地に倒れ込むオスカル。と、そこには彼女の白馬がつながれており、さも走りたそうに待っていた。
疲れ果てたオスカルの頭に、アンドレと二人でたわむれながら白馬にまたがり海岸を走る幻がよぎる。オスカルの悲しみが再び吹き出し、涙があふれた。
彼女はアンドレの幻を求めるように白馬に乗り、夜のパリ市内に駆けて行った。

 パリの町は明日の戦いを前に不気味に静まり返っていた。石畳の道や町並みは暗く沈み、オスカルの心をいっそう締め付ける。
アンドレ、あなた(おまえ)はもういないのか…?
夜は長く、オスカルの苦しみは果てしがなかった。
オスカルに夜の闇は似つかわしくない。アンドレがいたらそう言っただろう。
彼女の見事な金髪は日の光に照らされてこそ、より生きた輝きを見せるのだ。

 その頃、軍隊は橋を占拠し、民衆の通行を阻んでいた。もちろん、馬で駆け抜けようとしていたオスカルも例外ではない。軍の兵士は彼女の白馬を狙い撃ちしたのだ。
オスカルは遠くアンドレに思いを馳せていたので、馬を撃たれるまで気が付かない。
馬は絶命し、オスカルも投げ出された。
アンドレと二人で馬に乗ってたわむれる幻が一瞬にしてやぶられたのだ。
ふと、我に変えるオスカル。
愛馬すら失ってしまった。そして楽しかった幻も消えていった。

…もう私には何も残されていない…。戦いはオスカルから何もかもを奪い去っていく。彼女はうつろな目を現実に引き戻す。
そこには彼女を狙って、敵の兵士たちが取り巻いていた。
彼らはオスカルの事を、謀反を起こした衛兵隊の女隊長だと知っていたのだ。
彼らはこの謀反人を何としてでも捕らえようとしてかかって来た。
武人として育ったオスカルは本能的に剣を抜いた。
切りかかる兵士たちを避けながらも、次第に彼女は橋の欄干に追い詰められていた。
だが兵士たちはオスカルの顔を見て一瞬ひるんだ。

オスカルは泣いていたのだ。
大事なものを失っただけではない。
これまでアンドレに愛され、また、自分も深く愛していたという事実に長い間気づかなかった自分自身を、激しく後悔していたのだ。

「ヤーッ!」
オスカルは叫び、そしてにじり寄ってくる兵たちにかかって行った。

(…愛していました…アンドレ。おそらくずっと以前から…気づくのが遅すぎたのです…。もっと早くあなたを愛している自分に気づいてさえいれば…ふたりはもっと素晴らしい日々を送れたに違いない…)
思い詰めたように泣きながら剣をふるうこの女隊長に、兵士たちは少なからず戦意を失いつつあった。遠いところを見つめ、心はここにあらずの状態になっていても、剣の腕だけはめっぽう強い。
そんな様子はいかにも死ぬことすら恐れていない者のようだった。

誰でもそんな人間相手に立ち回りをするのはごめんである。彼らは後ずさりした。
(…あまりに静かに、あまりに優しく、あなたが私のそばにいたものだから…私は…その愛に気づかなかったのです…)
オスカルは敵の兵士たちの間を擦り抜けるようにして、再びパリの町の闇の中に消えて行った。
(…アンドレ…許して欲しい…愛は…裏切ることよりも…愛に気づかぬほうが…もっと罪深い…)
後悔の涙を流し続けるオスカルの背後から、追いかけるのを諦めた兵士たちの銃弾が降り注いでいた。

 オスカルはここでもアンドレに対し、「あなた」と、独白している。
彼らは平和な時代なら、障害を乗り越えて幸せな新婚生活を送っていたはずなのだ。時には呼び慣れぬ「あなた」を言って、アンドレをメロメロにしてやろう、なんてイジワルをするオスカルだったかも知れない。長い間の葛藤の末に見つけだした「妻」というささやかな幸せ。
だが、それもこれも全て幻に終わってしまった。無情にもアンドレはもうこの世にはいないのだ。唯一、オスカルを幸せにできたはずの男・アンドレは、死ぬことによって、オスカルをこの上なく苦しめる男になってしまったのだ。それは、アンドレ自身もよもや望んだ結果ではない。

(アンドレ…答えて欲しい…もはやすべては終わったのだろうか…?)
セーヌのほとりで街灯にもたれ掛かり、オスカルは遠い夜空を仰いでいた。
もう何も残っていない…命すらも惜しくはない。
ただ、もう一度アンドレに会いたい。会って一言、許しを請いたい。
彼女の頭の中はその後悔の念で一杯だった。

 だが、やはり全てはこれからなのだ。
夜半過ぎ、衛兵隊の隊員たちはオスカルの姿が消えたことを知り、動揺してアランに報告した。
「バカヤロウ…うろたえんな。朝までにゃ必ず帰ってくる。そうみんなに言っとけ」
さすがアランの言葉だけに、隊員は安心した。
だがその時、雨がにわかに降り出した。

********************

 オスカルはセーヌのほとりにいて、激しくなって行く雨の中をさまよっていた。冷たい雨が無情にも叩きつけるように彼女の病んだ体に降り続く。
そして彼女は夜のセーヌに流されていく男の遺体を見る。
動かぬ物体となった男は辛うじて水面に浮きながらゆっくりと暗い川下へ消えて行った。
余りにもはかない人の命、そしてアンドレの命…。

オスカルは川岸の階段を上がり、小高い所に立っていた。
彼女は雨にけむるセーヌをもう一度振り返る。
大河の流れは世の中の無常を写すかのように、胸が張り裂けそうなオスカルの悲しみすら飲み込み、流れていた。
歴史の大きな流れは、人の一人一人の命など、構ってはくれない。そしてその流れの中で必死に生きているものも、やがては永遠の何処かへ流れ去ってしまうのだ。
オスカルは今、立っているこの足元のもろさ、不確実さ、生きていることのはかなさを感じている。自分の存在はあまりにも小さく、それなのに悲しみや苦しみは確実に存在し、一人ではかかえ切れないほど大きく、そして癒えることはないのだ。

 その頃、アランはベルナールに急用があると呼ばれて、とある一室に入って行った。アランを衛兵隊の代表として見なすベルナールに、彼はオスカルの代理だと言う。アランは決してオスカル隊長を差し置いて、元衛兵隊の代表になりたがる男ではない。それにオスカルがいなくなったことはみんなに伏せてある。アランはオスカルを信じ、周囲へ万全のフォローをし続けるのだ。
…朝までに帰って来て欲しいとアランはひそかに思った。

事は急を要すると、ベルナールは切り出した。
夜明けと共にバスティーユ牢獄へ向かい、これを攻撃する、と。
集まった人々に緊張が走る。
実はベルナールの元に、今夜半に情報が入っていた。それは昨日、バスティーユに大量の火薬と砲弾が運び込まれたということだ。その後この雨の中、大砲の向きが変えられ、いつもは外を向いている照準がパリ市内に向けられたのだ。

国王は民衆に戦争を仕掛ける決意をしたと取るべきだろう。
ベルナールは各広場に集結している人々に連絡を取っていると言う。
だが、人々の決意は同じはずなのだ、バスティーユを落とせ、と。
アランたちはベルナールの言葉に聞き入った。

 バスティーユ牢獄、それはフランス王政による弾圧の象徴であった。そこには王政に反発した政治犯・思想犯たちが閉じ込められていたのだ。
だが、実際にはこの時、囚人はわずかで、市民たちによるバスティーユ襲撃は武器弾薬が目的だった。そして、何より、旧体制に対する市民の怒りや憎しみ。又、彼らは、団結すれば権力の象徴など簡単に壊せるのだという、自分たちの力を試したかったのだ。

それに実はこの建物はすでに取り壊されることになっていたという。
だがその砦を攻撃することは、民衆の精神的な憎悪の的を壊すこと、そして、虐げられてきた民衆が自分たちの新しい時代を信じて、一致団結して立ち向かったことに意義がある。
(と言う所がバスティーユ攻撃についての一般的な解釈。ただし、解釈は歴史的発見によって変わる場合がある。)

 一方オスカルは未だ激しい雨の中をさまよい続けていた。
ベルナールをはじめ、そのような明日への戦いを準備している人々の熱い思いをよそに…。
時には血を吐き、うずくまり、身も心もずたずたになっていたのだ。

 明け方が近づき、雨は上がった。この日こそ7月14日、バスティーユ攻撃の時がついにやって来る。
夜明け頃、ベルナールはロベスピエールの元を訪れ、バスティーユ攻撃の報告をした。
だが、ロベスピエールは民衆にそんな命令をした覚えがないと不機嫌そうに言った。彼の筋書きにはないというのが理由だ。彼は民衆の団結を扇動しておきながら、自分の知らない所で意志を持ち、団結し始めた民衆に対して、怒りすら覚えている。

ベルナールはロベスピエールの正義の仮面の下に隠された冷たい権力者としての本心を見たような気がした。彼はロベスピエールの心を見るにとどまり、報告に来た事を後悔した。…二人はここで決別するのである。

革命は筋書きではない。セーヌの流れのごとく、大衆の心のままに進み行われるものだと言うベルナール。
しかしロベスピエールはそう思っていない。団結して権力に立ち向かう時は良い、だがその後、民衆が力を握った時、方向性も持たない民衆に何が出来るのかと。私なら何かが出来る、完璧なプランがあるのだと。
つと、ロベスピエールはこの場をどう切り返したものか、バスティーユ攻撃についてどう対処すれば自分に有利かを考えていた。

釈然としないまま立ち去るベルナールに、ロベスピエールは今、民衆の心が自分から離れて行くのは良くないと判断した。彼はバスティーユ攻撃を認めることにした。
「だが忘れるな、リーダーなくして革命は成功しないぞ、ベルナール!」
ロベスピエールは自分の権力を信じていた。
その言葉を背に受けて、ベルナールはバスティーユへと向かった。

 早朝、市民たちはアンバリッドの武器庫を襲い、3万6千丁の銃と12門の大砲を奪ったが、火薬や銃弾はなかった。彼らは武器や銃弾を求めて今度はバスティーユへと向かった。…そこには、バスティーユの大砲がパリ市民を威圧していたのだ。

 オスカルは疲れ果て、細い路地で気を失っていた。彼女は民衆のバスティーユ攻撃の声に、意識をようやく回復した。
「バスティーユ…?」
路地からは民衆の群れがバスティーユへ向かっているのが見えた。
意識がはっきりしないオスカルはまだ少し頭がぼんやりしている。
そこへ路地の入り口に一人の長身の男が立ち止まった。
その男は衛兵隊の制服を着ている。

「アンドレ…?」
逆光でシルエットしか見えないが、オスカルにはそれがアンドレに見えた。
彼女は思わず立ち上がった。
「オスカル、どうした!こんな所で何をしている!誰もがバスティーユに向かったぞ。誰もが銃を取り、戦うためにバスティーユへと向かった!」
オスカルはそのアンドレの言葉を黙って聞いた。彼はどんどんオスカルに近づいてくる。
(私のアンドレ…)

オスカルの目は輝いた。
「だが君の率いる衛兵隊の連中はまだ広場にいる。広場で隊長を信じ、待っている…」
彼はオスカルのすぐそばまでやって来た。やっとはっきりとその顔が見えた。
「隊長!あんたと共に戦おうと、みんなあんたの帰りを待っている!」

「アラン…」
近づいてきたその男はアランだった。オスカルの目からたちまち光が消えた。
「ありがとう…これ…」
オスカルは少し心細げに、借りていた外套を脱ぎ、アランに返した。
「いや…」
アランは言葉少なに答えた。
彼はきっと夜明けと共に、オスカルを懸命に探していたのであろう。だが今、無駄口は不要である。
(アニメ版はやはりこの独特の「間」が絶妙!語らなくても気持ちの動きや無言のセリフが効いている!)

オスカルはその時、非常に寒気を感じていた。というよりは、アンドレがもういないことの寂しさが、彼とアランと見間違えたことにより、より一層現実として感じられた。
彼女は思わず両腕で我が身を抱いた。
「いつまでもみんなを待たせてはいけないな…」
「ああ…」
アランは優しかった。

「アラン…もう一度だけ…これで最後だ、…泣いてもいいか…」
オスカルの言葉の最後はもう震えていた。
「ああ…いいぜ…。おもいっきりな…」
彼女は涙を見せることにも、いちいち許可を求めている。それだけ自分を規制し続けているのだ。彼女は強さを求められ、心の底から隊長という立場を演じ続けている。
アランはこの時ほど、オスカルを愛しくおもったことはない。
彼女は今は亡き親友のアンドレの妻ではあったが、彼の為にも何か一つでもいい、オスカルの役に立ちたかった。
今は、そんな彼女のけなげな我がままを喜んで受け入れた。

「…あぁ…ぁ…」
もう一度、愛する男の腕に抱かれたい。オスカルは心を引きちぎられるような痛みをこらえ切れず、アランの胸にすがりついて慟哭した。

アランはそんなオスカルの背に、そっと手をやった。
彼はオスカルの肩がこんなにも細くて小さいのだと感じていただろう。その細い体で隊を引っ張り、戦いの先頭に立ち、愛するものを失ってまでも尚、立ち上がらなくてはならないと自制し続け、自分に厳しいオスカルの姿。
彼は昨夜、オスカルに残酷なことを言ってしまったと後悔したのではないだろうか。オスカルには強くあって欲しい。アランはそう願った。こんなことでへこたれる隊長ではないはずだと。…そうあって欲しくてアランは、隊長として留まってくれと言ったのだ。

アンドレの分も戦おう、そういう気持ちを「仲間」としてオスカルに伝えたかったのだ。
そして、オスカル自身もその気持ちに答えるべく、何が何でも強くあろうと立ち上がってくる。つまり、オスカルはどんな状況でもやれば出来てしまう強さがあるのだ。

その「強さ」がオスカルのこれまでの人生を、どんどん抜き差しならないものにして来たのか、彼女自身がよく知っているはずだ。だが、全てそれは、この日のためにあったのかもしれない。そうだとしたら、彼女は自分を苦しめる道へと歩いて来たことになる。
そしてたとえアンドレが死んでも、彼女は命有る限り戦い続けるだろう。これこそが誠意を持って生きることの難しさ、厳しさなのである。
又その試練こそが、自分に課せられた運命に正面から立ち向かってきたオスカルに与えられた結果だとしたら、彼女の人生は、苦しみに耐えることによって真価を問われるという厳しいものだった。だが、そうではない…?それ以上に、アンドレと出会えたことは幸せであったと、せめて信じたい。

 それと、アラン。あれほど弱みすら見せなかったオスカルが、本当はささやかな幸せが欲しかったただの女だと知った時、彼はかなりギャップを感じただろう。
と同時に、何とかしてこの女性を幸せにしてやりたいと思ったかも知れない。だが、今の彼に出来ることは、ほんの一時、オスカルに胸を貸してやるだけなのだ。
彼は後に、アンドレを失ったばかりの彼女に戦えと言い放った、自分の男としての無力さにアランは自己嫌悪に陥ったのではないだろうか(と妄想してみる)。

…そして、彼女が顔を上げたとき、そこにいるのは感傷すら消し去った非情な司令官のオスカルがいるのだ。

 午後1時、バスティーユ攻撃が開始される。
この時、バスティーユ牢獄にいたのは、司令官のド・ローネー侯爵と114名の兵士。しかしその頑丈な高さ30mの城壁を落とすのは容易ではない。
バスティーユの砲台から無差別に発射される大砲の威力により、パリの町は火の海となっていたのだ。
民衆は武器を手に入れたとは言え、所詮、戦いにかけては素人だ。満足に扱えない者がほとんどだった。戦いは一方的に軍隊に有利だった。
唯一城壁を破れる大砲の扱いすら知る者はいない。
バスティーユを前に、市民たちの指揮をしていたベルナールは弱り切った。

「ベルナール!」
オスカルのよく通る声が響いた。ベルナールは振り返る。
そこにはオスカルが兵を率いて駆けつけていた。
「すまない…遅くなった。大砲のことは我々が引き受けよう」
オスカルはいつもの冷静なオスカル隊長に戻っていた。自分の悲しみに浸っている暇は無い。彼女にはまだ残された仕事があった。

今、オスカルが民衆にとって最大の力なのだ。
戦いには彼女の指揮が必要だった。
たとえ全てを失い疲れ果ていても、民衆のために、彼らの新しい未来のために、オスカルはくじけそうになる心を奮い立たせていた。

彼女は子供の時から、女でありながらも男のように強くあらねばと、自分に言い聞かせて来た。…何のために、そして誰のために?
オスカルはそんな問いかけをこれまで何度も自分に投げかけたはずだ。
だが今、身も心も引き裂かれても、前を向いていなくてはならない。それが彼女の運命なのだ。
彼女は自分の運命と最後まで立ち向かおうとしていた。

 オスカルは大砲をひらりとまたぎ、隊員たちの陣頭に立った。
「よーし、全員配置につけー!砲撃準備!」
オスカルの号令が高く響く。
手際のよいオスカルの命令は士気を高めた。
衛兵隊の兵士たちはそれぞれの持ち場につき、慣れた手つきで大砲の準備をした。
「発射角45度!狙いは城壁上部!」
オスカルはすらりと剣を抜き、難攻不落のバスティーユに立ち向かった。

「撃てーっ!!」
オスカルは剣で城壁を指し、発射の号令をかけた。
ドーンという大砲の音がたて続けに地面を揺るがせた。
次の瞬間、バスティーユの城壁は轟音をたてて崩れた。

「撃て!」
頑丈な城壁はオスカルの指揮の元、次々と崩されていく。
所詮、市民などとたかをくくっていた、バスティーユのド・ローネー侯爵も、衛兵隊の正確な射撃にさすがに恐れを抱いた。
彼は外の様子をのぞき見、兵士たちを鼓舞している先頭の金髪の指揮官に狙いを絞るよう、部下に命じた。
すぐにバスティーユの窓という窓から、オスカルに対して銃が向けられた。

「今だ、撃て!」
一斉射撃がオスカルを狙い撃ちした。

 次の大砲の発射合図を送る直前に、オスカルはなぜかふと、空を仰いだ。
何かの姿が見えたのかも知れない。あるいは誰かの呼ぶ声が……。
大砲の硝煙と、城壁から降り注ぐ土埃の煙のすきまから、ほんの少しのぞいた青空に、白い鳩が一羽、自由に舞っている。それはまるでオスカルを見守っているようだった。

…アンドレ…?

その時だった。
彼女の体に銃弾が雨のように降り注いだ。
一瞬驚いたように体を硬直させ、それから放心したように、オスカルは体を曲げて崩れ落ちた。

 最終話予告編より。
「最終回、さようなら我が愛しのオスカル、お楽しみに…」←この状態のどこをどう楽しめと言うのだろうか?とテレビの前でツッこんだのは私だけではない。


つぶやき・・・それにしても、オスカル。とても可哀想でした。
小さな教会で結婚式を挙げたいなんて・・・なんてささやかな。
もうすぐそこに手が届くところにまで幸せが来ていたのに、あっけなくも永久に失ってしまって、さらに悲しみに暮れる暇もないとは!
こうやって一応、解説はしたものの、今も彼女がどんなつらい気持ちで立ち上がったのか、想像を絶します。(涙)



2003.3.10.up