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解説 第29話〜第32話


 

ちょっと触れておきたいのは衛兵隊の兵士たちの日常。

もてない・さえない・金もない、という感じの男たちが物語のわきを固めています。まさに名演技。人間味のあるキャラクターがいっぱいです。当然、助演男優賞はアランです。

 

 

アラン・心優しい猛者

 物語前半の進行役がオスカル・歴史の進行役がアントワネットとすれば、物語後半の進行役はアラン・歴史の進行役がロベスピエールと言えよう。

ジャンヌ事件や黒い騎士事件を経て、視点は貴族から民衆へと移行した。そしてオスカルも激動の時代の中に生きる一人の人間として描かれ始めるのだ。

 女の隊長なんて気に入らない、だが腕はめっぽう強い。何者なんだ?と言わんばかりのアラン。そんな彼の目を通して後半・オスカルの人間的な側面が語られている。

アランは彼女の的確な指示、冷静な判断に感心したかと思えば、女を捨てようとして余裕がないのを指摘したり、一方ではアンドレの一途な想いを同じ男として応援している。そして次第にオスカルの冷たい顔に隠された穏やかで優しい一面に気づくのだ。

 最初彼は「男みたいな女」とオスカルを評し、女性としての内面を見ていない。これは裏返せば、彼女の事を自分たちと対等に、男として認めているという事なのだが、そのアランは次第にオスカルにひかれていき、ついに彼女の死後、あまりのショックに姿を消してしまうのである。

 

悲しきサラリーマン

 どんなに働いたって家族すら養えない。衛兵隊の兵士たちも苦労は多いのだ。たとえ隊長が女だろうが、貴族だろうが、とりあえず働かなくては金は稼げない。何だかんだ言っても、オスカルにはついていくしかないのだ。

 男も血に飢えた狼ばかりではない。生活に疲れて、理想やプライドも捨て、かあちゃんのために働いているのだ。

何事も仕方ないじゃんとあきらめ、衛兵隊のアイドル・ディアンヌを遠目に見ながら声もかけられないシャイな男たち。何となく彼らは憎めないのである。

 

純粋に生きる危険性

 アランはさっそくオスカルの分析にかかる。「あの女は何かから逃れている」と。

多分、オスカルは自分の幸せから逃れているのだ。男になってみせる、女としての自分は不必要なのだとかたくなになっていた彼女。自分に厳しく、まっすぐに生きることが自分の存在価値だと思い込んでいたのだろう。

だが、オスカルは男として振る舞うるしか両親に子供として認められなかったのだ。彼女が意地になったのを誰が責められるだろうか。女としての気持ちは両親にも誰にも愛されない、世の中の役に立たなければ本当の自分は認めてもらえない。…そう思いはじめると人は心に余裕がなくなるのだ。だが、彼女の場合、実績を上げて誰かに誉めてもらいたいという欲はない。むしろ自分を酷使する事によって、人と人との不安定な愛を切り捨て、人の手の届かない純粋で崇高な愛を求めていたようだ。

もちろんそれも幸せを求める気持ちには変わりないが、幸せになりたい気持ちが暴走しているだけである。まっすぐ純粋に生きるという事は、人の気持ちを思いやったり、自分の生き方を振り返る余裕がなくなる事なのだ。

残念ながらそこにはささやかな幸せはなく、単に自分自身の幸せを投げ出すことになり、同時に身近にいるアンドレの幸せすら放り出してしてしまうのだ。

真っすぐに生きる事の危険性をアランは指摘している。「そんな女に惚れたら男はいくつ命があっても足りない」と。

 

テロリスト

 アルデロス公の護衛をひきうけたオスカル。てきぱきとした指揮にアランも感心している。ところで廃墟を調べるオスカルの前に立ちふさがった頬傷男。彼女はこの大男を見て、おもむろにいやな顔をしている。オスカルはめったに感情を出さないのに、珍しく嫌そうな顔をしている。彼はアンドレを袋にした男である。オスカルは生理的にこの男が嫌いなのだ。…な〜んて考えると楽しい。

その後のサンジュストの追跡はともかく、応援に駆けつけたのはアンドレとアランなのに、オスカルはアランを無視。それから爆風に巻き込まれて河原に投げ出された三人だが、オスカルの袖をしっかりと握り締めるアンドレ。二人はそろってアランを無視。そんな二人の様子を見て「アンドレがんばれ」としか言いようがないアランこそ、早く幸せを見つけなければいけないのに…。

 

決闘

 ラサールの逮捕でオスカルに怒り狂うアラン。彼女のアンドレに対する可愛くない態度が気に入らないのも伴って、ついに雨の決闘へ。だが怒るアランのそばで、妹の結婚話に照れているアンドレ、君はお気楽すぎるぅ〜。もちろん彼は決闘を止めるはずはない。隊長としてのオスカルは武人なのである。彼女の武人としてのプライドにかけて、でしゃばることはしないのだ。(泣いてる時にハンカチを出すのは彼の仕事だけど)

 オスカルはと言えば、最後まで決闘を回避しようとしており、「先に感情的になって怒った方が負け」という常識どおりに動いている。

しかしここで負けたアランのセリフがいい。彼は決して乱暴者ではない。どんなに働いたって家族すら養えない自分たちの貧しさに怒りを感じているのだ。そして一人の兵士の命すら助けられない自分の無力さ。この情けなさが貴族のあんたにわかるのか?と、どうしようもない悲しさに、彼の声は泣いている。

 ところでラサールの釈放に一役買ったオスカルに、アランはばつが悪そうだ。アンドレの「ほ〜らね」という目がいかにも「どうだ、俺のオスカルはいい奴だろ〜っ」と言っている。

アランらしくすっぱりと、冗談交じりにあやまる場面。ラサールの釈放にニコリともしない彼女は相変わらず可愛くないが、すました顔の下の優しい一面に触れている場面。彼もただ頭を下げるだけでなく、オスカルの腹を探っている。彼女もアランが去った後、いい男と知り合ったと言いたげに少し笑っている。お互いの信頼が深まった一件である。

 

本当の自分

 暴徒に襲われたオスカルとアンドレ。そこへ駆けつけるフェルゼン。「私のアンドレ」とは、冷静なオスカルには珍しいセリフ。フェルゼンも彼女の友情に答えるべく二人のために一役買っている。

ついに知ってしまった自分の本当の姿。女として一人の男にひかれている自分。だがオスカルは立ち止まる、アンドレのそばには駆け寄れない。彼女は自分の心に向き合いはじめたばかりなのだ。

しかしこの間までのフェルゼン熱はどこへ行ったのか、オスカルは押しの一手のアンドレにもはや気持ちが傾いている。実際そうでなければ、押し倒されてもまだ側に、こんな危険な男を置いておくことを思えば、嫌いなはずがあるまい。

 

不幸な結末

 それから季節は突然秋になる。4カ月は経っているらしい。アランのアパートに行く二人、なぜか仲がいい。この4カ月の間に何もなかったようだが、普通の幼なじみの関係に戻っている。それも隊から離れると上下関係がなくなるのか、アランの住所のメモを見ているアンドレの後ろからボーッとついて行くオスカルが自然で可愛い。どうやら彼女もアンドレといるひとときは気が抜けるらしい。

アランはアンドレの親友なので彼が前にいてもおかしくないが、ディアンヌの変わり果てた姿を見るまで、アンドレがオスカルをかばっているようで頼もしい。

 ディアンヌの結婚に動揺しなかったオスカルも、彼女の死にはショックを隠し切れない。人の命のはかなさ、そして激動の時代の中で翻弄される人の心。オスカルの不吉な予感はもうすぐ我が身にふりかかるのだ。   

 

つぶやき…ひとりひとりは平凡で、小さな事で悩み喜び、何もなければ日々の煩わしさで一生を終えそうな人々。

そんな人たち全員に、革命の嵐がまさに襲いかかろうとしている。お気楽に見ていられるのはもうここまでです。                   

1998.12.31.up